下北半島の中心部に位置する半島最大の街、田名部。

上の写真は下北交通の田名部バスターミナル。かつてはJR大湊線の下北駅よりこの田名部を通り津軽海峡に面した大畑まで鉄道が走ってました。しかし1985年、旧国鉄大畑線が廃止。その後地元の下北交通が鉄道事業を引き継ぎ存続していましたが、施設や車両の老朽化に重ねてマイカーの普及による利用客の減少から2001年に廃止。以来、駅の無い街となってしまいました。

そのため現在、田名部へは下北駅からバスで行くしかありません。

しかしこのバスが朽ちかけている。経営の苦しさが伺えます。

上の写真は田名部の先、大畑にあるかつての終着駅、大畑駅跡。

レールもそのままで、右手の車庫には旧国鉄から譲り受けた車両も保存されています。

駅舎は現在、バスターミナルとして再利用されております。

鉄路は大畑から更に北西、大間まで繋がる計画がありました。これはかつて、旧日本軍の大間軍事要塞まで資材を運ぶために鉄道が建設されていたのですが、昭和17年、戦況の悪化を受けて完成間近にして工事が中止されてしまいました。津軽海峡沿岸には今でも使われる事の無かったトンネルや橋梁などが残っております。

沿岸には崩壊しかけた橋脚など味のある遺構が沢山あるのですが、下風呂温泉のアーチ橋は復元され観光名所の一つとなっています。ホームをモチーフとした休憩所では、海を眺めながら足湯に浸かれる。

田名部の民宿「中村」さんの裏に、昔のバスが朽ち果てていました。

よく見ると、なんと国鉄の文字が!

田名部から陸奥湾側の脇野沢まで走るバス路線で使われていたものです。

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上の写真は下北交通の田名部バスターミナル。かつてはJR大湊線の下北駅よりこの田名部を通り津軽海峡に面した大畑まで鉄道が走ってました。しかし1985年、旧国鉄大畑線が廃止。その後地元の下北交通が鉄道事業を引き継ぎ存続していましたが、施設や車両の老朽化に重ねてマイカーの普及による利用客の減少から2001年に廃止。以来、駅の無い街となってしまいました。

そのため現在、田名部へは下北駅からバスで行くしかありません。

しかしこのバスが朽ちかけている。経営の苦しさが伺えます。

上の写真は田名部の先、大畑にあるかつての終着駅、大畑駅跡。

レールもそのままで、右手の車庫には旧国鉄から譲り受けた車両も保存されています。

駅舎は現在、バスターミナルとして再利用されております。

鉄路は大畑から更に北西、大間まで繋がる計画がありました。これはかつて、旧日本軍の大間軍事要塞まで資材を運ぶために鉄道が建設されていたのですが、昭和17年、戦況の悪化を受けて完成間近にして工事が中止されてしまいました。津軽海峡沿岸には今でも使われる事の無かったトンネルや橋梁などが残っております。

沿岸には崩壊しかけた橋脚など味のある遺構が沢山あるのですが、下風呂温泉のアーチ橋は復元され観光名所の一つとなっています。ホームをモチーフとした休憩所では、海を眺めながら足湯に浸かれる。

田名部の民宿「中村」さんの裏に、昔のバスが朽ち果てていました。

よく見ると、なんと国鉄の文字が!

田名部から陸奥湾側の脇野沢まで走るバス路線で使われていたものです。

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