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川崎市堀之内町、歓楽街とちょんの間地帯

※2015年2月、小町横丁の記事を加筆し、ちょんの間の写真も4点追加しました。ちょんの間は2015年現在でもしぶとく生き残っています。

 西口(内陸側)は再開発に次ぐ再開発で高層マンションの林立するようになってしまった川崎。しかし京急川崎駅のある東口(海側)は古いデパートやアーケード商店街の残る、昔と変わらぬ街の姿を今も残しております。
 改良工事中の京急川崎駅から繁華街を抜けた先、堀ノ内の手前辺りには、ポツリポツリと飲食店が点在する微妙な飲み屋街となっています。

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 その中に小町横丁という路地があります。入り口の看板はほぼ外されておりますが、実際に営業しているのは二~三軒のみのようです。

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 スナックや小料理屋、謎の事務所などが並んでいるのはアパートの一階部分。

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 左に目を向けると、建て増しされたバラックが顔を覗かせる。

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 路地というより共用廊下といった感じの通路の奥は行き止まり。既に他人の家の雰囲気です。一度、夜に訪れてみたいものですが、なかなかにしてハードルが高い。

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 更に奥へ歩くとソープ街。別にソープ街を撮ったりはしません。呼び込みの兄さんたちに怒られそうだし。今回(2010年)は滅亡を噂されていた堀之内のチョンの間地帯を撮影して来ました。
 2009年の夏、ニュースになるほどの大掛かりな一斉摘発が行われ、その後も県警による撲滅作戦は続いておりました。
 しかし、しぶとくもまだ生き残っていた!

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 貸会議室や貸店舗の貼り紙が至るところに貼られている中、昼間から明かりを灯している場所が三軒も。中を覗くとにこやかなオバチャン。頑張ってます。

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 夜になればもっと多くの場所で明かりが灯る事も想像に難くないです。

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 近年ではそのほとんどが韓国人に占められ、不法就労の温床とも言われて来ました。周りをソープランドに囲まれる中、格安の娼家が軒を連ねる。外観は以前訪れた黄金町界隈と同じであります。

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 この街を歩いていて、ふと思った事があります。もしかして去年のちょんの間一斉摘発は、不況に喘ぐソープランドを経営する人たちが、組を通して県警に働きかけたのではないかと。相手は韓国人だし、安い値段で売春をしている訳だから、消えて欲しいと願うかも知れない。ただ、不法就労の摘発となると公安も絡んで来る訳で、一概には何とも言えませんが。

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 と、ここまでは推測でしたが、ソープランドの業者に煙たがられているのは事実です。そして一斉摘発で川崎のちょんの間も全滅との噂がネット上に流れましたが、実際に全滅したのは外国人の不法就労者のみです。そして現在、日本人の娼婦たちによる『ちょんの間』が明日をも知れない状況の中、細々と復活しつつ、あるとか無いとか……。

2010年1月撮影、2015年2月更新。

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品川区大井町(2)、東急大井町線ガード下

 大井銀座商店街を海へ向かえば京急沿線から旧東海道、工業地帯を経て東京湾へ。今回は内陸部、東急大井町線沿いに歩いて行こうと思います。

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 さて、東急大井町駅から西側、大井町線のガード下もなかなか渋いスポットです。駅前通り沿いの普通の商店街に見えますが、全てガード下です。

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 さらに線路の向こう側は一段低くなっており団地が広がる。この一段低い所にも地下飲食店街と称してスナックなどが隠れております。ガード下のさらに地下なんて、まず気付かない。

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 線路沿いにさらに進むも、いつまで経っても高架線が続きます。ガード下は商店街からスナックや居酒屋へ。

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 高さのある高架線なので高架下は全て二階建てとなっており、一階が店舗で二階が住居という形が延々と続く。

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 裏手に回ると、集合住宅である事が伺えます。何号室などの表示もある事から、賃貸だと分かります。ガード下を扱う不動産屋って、どんな不動産屋なんだろう。

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 こちらもガード下スナックの裏側。無駄な広さと廃墟チックな雰囲気。元々どう言った利用目的でこの敷地があるのか、知りたい所です。

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 こちらは高架線沿いの小さな今川焼屋。爺さんが一人でラジオを聴いており、焼いてる様子も無いので思わず「有りますか?」なんて聞いてしまいました。九十円を払い手渡されたるは剥き出しの今川焼一個。なんとも大雑把である。うまかったけど。

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 今回のベストショット。 放課後の暗渠(あんきょ)。w
 大井町よりひと駅目、下神明駅近くにて。

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 ガード下はその高さを保ったまま下神明の高架駅へ。さらに行くと新幹線並びに横須賀線、新宿湘南ラインと交差します。

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 そこはなんと四層構造となっており、下から車道、横須賀線と新宿湘南ライン、東急大井町線、東海道新幹線と、複合立体交差となっています。全路線の電車と車が同時に通過したらさぞ迫力もあったかも知れませんが、そんなタイミングは滅多に無い。w

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 こちらはガード下の木造建築。大井町線の高架線としての古さが伺えます。近々取り壊されるようで仮囲いがされていました。

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 ガード下巡りにハマりそう。京急とか京成なんかも渋かろう。
 そう言えば横浜の黄金町界隈や鶴見線国道駅もガード下を中心に発展してましたね。戦後の混乱の中、土地を失った人たちが雨をしのぐために住み着いたりしたのが始まりなのだろうか。←(ちゃんと調べろ)

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 大井町からふた駅目、戸越公園駅の手前で標高が高くなり、同時に高架線は終わりを告げます。
 ピントが手前に来すぎてしまいました。高校の部活だろうか、沿線をジョギングする学生の姿も。

撮影・2010年1月

品川区大井町(1)、東小路~平和通り周辺

 JR大井町駅を降りてまず出迎えてくれるのが丸井遺跡。全国に点在する丸井跡地のひとつで、ここはヤマダ電機LABIとなってました。ビルの中にはバーガーキングが! まだ潰れてなかったのか地方都市の雄、バーガーキング!

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 西口には阪急百貨店とニコン通り。東口(上の写真)は丸井と平和島競艇行きのバス。誰もが大田区かと誤解してますが、実はギリ品川区!

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 東口、つまり海側は駅前からすでにキテます。東口を出て左手の坂を登る途中、開発から見放されたような三角地帯。

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 立ち並ぶ自販機の陰に隠れるようにして屋台があります。屋台を中心に建て増しされたバラック。どう見ても不法占拠にしか見えない。(笑)

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 坂を登りきると東急大井町線の大井町駅。大通りを渡り真っ直ぐ奥へ入ると、東小路から平和通りに繋がる路地裏飲食店街があります。ここは大井銀座商店街と平行して、やや斜めに真っ直ぐと街を貫く細い路地です。なぜ斜めなのかは不明。夜になるとこの古くて無駄にデカい街灯が印象的。以前ここの飲み屋に入った時は店員も客も中国人でした。中華料理屋も多い。もしかするとここはプチチャイナタウンなのかも知れません。

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 写真でも分かるように、マンホールの多さも、いかにも路地裏飲み屋通りと言った感じがします。まず下水道ありきで、両側に飲食店が軒を連ねる。

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 大井町の辺りは元々台地なので、繁華街から一歩外れると住宅街になります。

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 ただこの辺りは区画整理がされておらず、狭い路地が迷路のように入り組んでます。

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 そして古民家や古い建築物がかなり残されている。上の写真は内装だけ新しくして綺麗に保存されている味噌屋さん。なかなか奥が深い街です。

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川崎市幸区(1)、戸手四丁目無番地朝鮮部落

 無番地。つまり登記されていない土地です。
 ここは関東に現存する、数少ない不法占拠地帯のひとつでした。彼らの部落は地元の人しか知らないような場所にあり、情報は極めて少ないです。一説によれば戦前、多摩川河川敷の砂利を取る仕事をしていた人々が住み付いたとか。

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 この戸出無番地は多摩川沿いの道路に面した再生紙工場『木下』の裏手に、守られるように存在します。敷地内には他に小規模な鉄工所と研磨工場、ファスナー工場があるようです。

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 川沿いの道からは見えないようになっており、土手の上に登って初めてその部落を発見できるという、現代の隠れ里。

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 しかし、不思議な事に近年、土手と川の間、つまり河川敷に中高層マンションが林立し始め、川を遡るようにして徐々に開発がこの部落へと迫って行きました。以前訪れた際には多摩川スーパー堤防という公共事業が名目の工事だったのが、すっかりマンション建設ラッシュです。そして一昨年あたりでしょうか、ついに退去。部落のほとんどが消えてしまいました。話によれば退去した住民は近くの公営住宅に引っ越し、市から補償金2700万を受け取ったとか。

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 現在では工場の敷地と木下邸周辺の数軒の民家、それと教会を残すのみとなってしまいましたが、総トタン板貼りのバラックと、張り巡らされた狭い私道が当時の姿をとどめております。この木下なる人物と在日との関係などは不明。

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 今でこそ韓流ブームなども起こるような平和な時代ですが、差別や確執などと言った黒い戦後史の形跡を、この朝鮮部落の存在は色濃く残しております。(撮影・2011年12月)

※2015年5月23日再訪

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 鹿島田から亀甲マーケットを訪れた際、その流れでバスを途中下車して久々に再訪しました。
 河川敷マンション開発は、以前訪れた時点で止まっているようです。木下の所有地として登記したのかは謎ですが、工場の敷地にまでは侵攻して来ず、全滅は避けられたようです。

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 逆V字型の屋根が斬新!

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 ちょっとだけ近づいて見ました。

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 行けません。これ以上奥まで入って行ったら、たとえ不法占拠された土地であっても明らかな不法侵入です。

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 ここまでにしときます。ここから先は治外法権ですから。

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東京都奥多摩町、水根線廃線跡

 青梅線の終点奥多摩駅を降り、川を渡る橋の上でまず目を引くのがこの奥多摩工業です。

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 山肌にへばり付くように建つプラントは、ラピュタに出て来る炭鉱の街を想像させると言ったら言い過ぎだろうか。しかし実際に見るとかなり迫力あります。

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 こちらはプラントの対岸にある集落。セメント工場の従業員が住んでいるのだろうか、社宅らしき物も建っておりました。しかしながら渓谷。急な斜面にへばり付く集落のため、坂道の斜度がハンパねぇ!

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 昭和17年の貯水槽。秋川町警防団と記されています。

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 こちらはトロッコ列車の走っていた廃線跡です。右奥に見えるのはトンネル。線路も一部残っておりました。

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 この水根線は最初小河内ダム建設工事用鉄道として開通。ダムの完成後、奥多摩工業へと譲渡され貨物輸送もされていたそうです。観光鉄道への転化も計画されていたそうですが、話は宙に浮いたまま50年近くの歳月が経ってしまいました。

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 遠くからプラント。その手前の立派なアーチ橋は廃線跡です。

撮影・2003年9月

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