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中央区築地、消えゆく築地市場

 江戸時代から東京の食品流通を担ってきた日本橋魚河岸をはじめとする市場群が、大正12年に起きた関東大震災で壊滅したのを受け、隅田川や汐留駅といった水運、陸運に恵まれていた旧外国人居留地の海軍省所有地を借り受けて臨時の東京市設魚市場を開設したのが、築地市場の始まりである。
(出典:Wikipedia)

 一時はオリンピック誘致の失敗で取り壊す大義名分が半減した築地中央卸売り市場でしたが、施設の老朽化やトラック等の駐車スペースの狭さなどから移転計画は続行。移転先である豊洲の土壌汚染問題などで揉めたりもしましたが、2025年東京オリンピック開催決定を受けて移転が正式に決定。しかし移転するのは場内市場のみで、場外市場は置き去りにされる形となる。

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 とにかく古い。手前の建物も外国人居留地時代の物かなどと思ってしまうが、定かではない。

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 場外市場にて。休日や平日の午後など場内市場が休みの日は、店も開いておらず閑散としてます。

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 下町でもあまり見られなくなった建築物が密集しています。
まさに都心の異次元といった雰囲気。

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 木製のリヤカーと言うか大八車と言うか、現役で活躍してます。

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 場内市場と場外市場の間は現在埋め立てられているものの、かつて運河で仕切られていたようで、橋の跡があります。その橋の袂に立つガス灯らしきポール。

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 築地、とは言っても中央区区役所の裏手辺りなんですが、古い建物の鶏肉屋があります。

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 よく残ってるなぁと、じっくり見てみると、
 電話 東京(54)百七十七番。
 昔の電話番号でしょうか。
 『東京』とあるのは、まさか電話局に交換士がいた時代?
 しかも現在四桁から始まる所が二桁で、番号も四桁ではなく三桁!
 いつ頃の時代なんだろう。

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台東区上野(2)、復興建築、同潤会アパート

 上野の魅力はやはり昭和一桁の建造物が空襲を免れて残っている所にあると思います。しかも文化財として残されているのでは無く、普通に再開発の波に呑まれていないのが面白い。やはり東は発展しないと言うところか。

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 何だかんだ言って上野駅駅舎自体が古い。関東大震災後の復興建築として昭和7年に建造された。

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 浅草口を左手に歩けば、そこは上野の『二丁目』と呼ばれる同性愛者たちの街。知らずに迷い込んではいけない。

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 同性愛者と言えば、東京で最もディープと言えるのではないかと思われる不忍池近くのポルノ映画館。ここは同性愛者同士の『ハッテン場』であり女装子の社交場にもなっている。最も知らずに迷い込んではいけない場所。
 因みにこの映画館、建物の老朽化により脇を入った奥の新館へと引っ越してしまいました。

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 東上野で首都高を潜り、東京メトロの操車場を越えると下谷小学校跡がある。こちらも震災復興建築の一つとして昭和3年に建てられた鉄筋コンクリート造りの校舎。随分と前に廃校となっているものの、なぜか周辺の再開発から取り残されるように当時の姿を留めている。

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 さらに東へ裏通りを歩くと、現像する最後の同潤会アパートである上野下アパートが姿を表す。こちらも震災復興建築として昭和4年に建てられ、RC構造の草分けとも言われている。
※残念な事に上野同潤会アパートは2013年に解体されてしまいました。

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 その姿は老朽化のため不気味にも映るが、ハイカラであり迫力すら感じられる。

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 現在(2011年撮影当時)でも住民が住んでいるが、集合住宅の場合公共施設と違って文化財として残すのは、他の同潤会アパート同様難しいだろう。耐震補強工事も考えると、相当な資金が必要とされる。

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 恐らくはもう使われていないだろうが、物干しの脇に佇んでおり、当時の生活を偲ばせる。

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 最後に下谷神社。例大祭は盛大で、浅草通りに十数基もの御輿が居並ぶ。

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 境内の木々がお宮参りの参拝者を夏の陽射しから守っていた。


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台東区上野(1)、コリアタウン

 上野駅から見て首都高の向こう、ビルの影に隠れる形でキムチ横丁と呼ばれる一画があります。しかし十年以上前でしょうか、ビルがコインパーキングとなったお陰でその姿は白日の下に晒され、昭和通りを歩いているだけで簡単に見つけられるようになり、最近ではテレビなどにも紹介されるほど有名になっております。

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 オールドカマー系在日韓国人のコリアタウンとしては都内で最も長い歴史があり。戦後間もない1948年頃、焼け野原の中で闇市だった現在のアメ横より枝分かれをし、上野親善マーケットとして焼肉店や食材店等が集まってコリアタウンを形成しました。

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 狭い路地は日本人を拒絶しているような空気すら感じられます。

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 この一帯に暮らす人々は首都高より線路側に店を出すニューカマー系と違い、二世三世も多いためか店員さんも流暢な日本語を話していました。

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 狭い路地を入った所にある、いかにもな古い造りの焼肉屋『東京苑』に突撃。狭くて急な階段を昇り二階の座敷へ昇れば、バラックに近い木造建築はあちこちが傾いたり歪んだりしております。

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 ビールとレバ刺し、キムチ、ホルモン、カルビ。結構飲んだけど二人で6000円代だったろうか、とにかく安かった覚えがあります。特にカルビが上ではなく普通のカルビなのに、無茶苦茶美味かった。時間が経つと満席になり、結構有名店なのかも知れません。

 2015年2月、久々に訪れてみたところ、以前コインパーキングだった場所に巨大なビルが建設中となっており、これでまた隠された街へと逆戻りとなってしまいました。
 祝日だからか京城苑は閉まっており、以前入った東京苑は10時半まで。御徒町で軽く飲んで来たのですでに9時を回っていたのが良くない。路地裏を一巡して表通り(と言っても昭和通りから見れば裏通り)に出て、11時までやってる焼肉店『馬山館』に入りました。

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 ここが当たりでした。上タン塩(1800円)とビールで再起動をかけながら、ホタルイカのキムチをつまむ。日替わりのカルビセットが、へっどばら、たてばら、カルビ、中落ち、4品セットで2900円とお得。韓国料理は基本的に量が多いので、三人で二人前を頼んで充分です。

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 これがまた美味いのなんの。ご飯何杯あっても足りない!(笑)
 ご飯の大きめな茶碗になみなみと注がれて来るドンブリマッコリもまた、スッキリ飲みやすくピリピリした感じの爽快感もあって美味い。
 値段もそれほど高くないのに肉のクオリティも高く、また来たいと思えるお店でした。

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荒川区三河島、コリアタウン~千住桜木朝鮮部落跡

 三河島はかつて操業していた屠殺場の労働者として集まったオールドカマーたちによって形成されました。主に日本語を話せない者たちは働き口も限られましたが、被差別民ゆえに人々が忌み嫌う屠殺場だけはいくらでも雇って貰えたのでしょう。

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 彼等が持ち帰った臓物を焼いて屋台に出していた事から、現在ホルモン屋が多く存在する街となったそうです。

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 しかし現在では数件ある韓国食材店や家庭料理屋、ホルモン屋などで名残を感じられるくらいで、大久保や上野のように韓国色の強い街ではありません。

 三河島から尾竹橋通り沿いにバスで町屋を超え足立区方面に走ってゆくと、その沿道にも点々と焼肉屋やホルモン屋などをよく見掛けます。かなり分散しておりますが、明治大正の時代からこの地域では皮革産業が盛んで、そのため在日朝鮮人も多かったようです。

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 この地域に住む日本人もまた低所得者層であり、同じく被差別民であったため、差別なく人々が暮らして来たというのは私の推測です。特に足立区には朝鮮部落なども多かったそうですが、部落を形成していた人々も日本人に溶け込み、世代を重ねて帰化し、今では殆ど区別できないほどに日本語も流暢となっているそうです。

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 そんな中、千住桜木という隅田川と荒川に挟まれた細長い土地を訪れてみました。水害のリスクが高い上、これ以上無いほどに不便な、文字通り陸の孤島です。

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 ポツリポツリとバラックが目立ち、上流に向かえば都営住宅と公団住宅とリサイクル工場のみ。

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 この工場などは両側を川に挟まれており、つまりそれほどまでに隅田川と荒川が接近している。

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 そんな最果てに韓国人会館と教会が建っているのですから、かなりの確率で朝鮮部落だったと言えましょう。

※ここで、以前別のIDにて作ったブログにてこの記事を掲載していたところ、大変参考になる情報がコメントとして寄せられていましたので、ここに抜粋させて頂きます。

(以下抜粋)

足立区千住の生まれ育ちだが、朝鮮部落の位置がずれているように思える。桜木町2丁目に韓国人会館(といってもシモタヤ)があるが、以前の朝鮮人による不法占拠の場所。写真はそこから宮本町交差点方面だが、どちらかといえばB系が多い。

反対側は東京電力千住火力で、周囲は社宅。現在は大学のグランドや校舎。この辺は戦前は日本橋魚市場の支場や製紙会社があった。要は役所の敷地で、ここ30年は役所のクリアランス事業の場所。ほとんど区営高層住宅に変わっている。

朝鮮人の主力は現在は西新井、つまり荒川放水路の反対側に移った。ただし、千住は下町であって、暴走族やチンピラも多い。彼らは朝鮮人と見れば容赦しない。ハングルの看板を堂々とは出せないはずだ。

投稿者:ちょろちょろ様


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神奈川県横浜市、横浜駅西口周辺の再開発

 刻々と変化を続ける横浜駅周辺。
 まずは、ありし日の横浜駅界隈から。

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 横浜西口シネマ。今は再開発により消えてしまいました。

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 横浜駅から桜木町まで続いていた、東急東横線ガード下。今はみなとみらい線に乗り入れ、この高架は廃線となってしまった。

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 横浜駅西口から東口へ渡る跨線橋。工事していたので、もう無くなっていると思われる。

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 西口から鶴屋町方面に向かい運河を渡った辺りに『安兵衛』という立ち飲み屋があります。ここは食券を買ってケースから好きなおつまみを勝手に持って行くという昔ながらのスタイル。
※現在安兵衛は無くなってしまいました。

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 横浜駅西口、相鉄ローゼの裏手の運河沿いに残る屋台。かれこれ15年前から退去命令が出されているそうです。

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※西口の屋台は2016年1月、店主の高齢化やイメージが悪いという横浜市民の声により、全店閉鎖が決定されました。屋台を支持する市民の減少と同時に、時代の変化によって変わって来た横浜市民の民意の変化が存続を許さなくなって来たそうです。無くなる前に一度、お店に入ってみたかった。

※2017年3月現在、運河沿いの屋台は消滅していました。

※2015年12月7日再訪

 横浜の鶴屋町で仕事があったので、帰りがけ久々に立ち飲み屋『安兵衛』でちょっと一杯引っ掛けていこうかな、なんて思って行ってみたら……。

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 なんと、安兵衛があった場所に仕事先の現場があり、愕然としました。

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 鶴屋橋は掛け替え工事がされており、西口の北側も再開発で現在駅ビルが建設中です。しかし、路地裏飲食店街『狸小路』は辛うじて再開発を免れていました。

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 中には新しい店舗も幾つかあり、あのラーメン店『横浜屋』も出店しています。

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 こちらは狸小路の駅側の出入り口。背後はもう工事の仮囲いがあります。

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