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荒川区尾久、町屋、町工場の街

 町工場と住宅地と商店街が混在し、入り組んだ狭い路地は防災上の問題から再開発が進められようとしている。日暮里舎人ライナーなどで多少マンションも建つものの、しかしながらマイナー過ぎてパッとしない街。

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 荒川区を全体的に見ると、未だ主な交通手段を都バスや都電に頼っているのも、発展しない要因のひとつ。

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 東尾久から町屋まで、隅田川沿いに歩いて来ました。ひたすら町工場と住宅街が続くばかりで、特に心惹かれる光景には巡り会えず。まぁ事前情報無しに勘で歩いてると、空振りって事もあります。

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 看板建築の不動産屋さん。向こうは路地で、奥行きが全く無い建物です。

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 銭湯。
 普通の銭湯。
 まーネタが少ない。
 パッとしない。
 萌えない。ww

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 京成金町付近のガード下。ニューヨークに見えなくもない……わけがない!!

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 零細企業の多くが倒産に追い込まれる昨今、この辺りの町工場は頑張っているようで、どこもちゃんと稼働しており、廃工場なども見当たりませんでした。工場が潰れたら即更地にされマンションが建つと言う流れから私の住む川口などはすっかりマンション街になってしまいましたが、この辺りは敷地の狭い町工場だらけなので、新築の一戸建てが多少目に付きます。

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中央区日本橋、湊、再開発地域

 日本橋は地域としては非常に広いです。小伝馬町や人形町、最も外れは隅田川に面した湊まで含まれます。

※撮影・2011年2月

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 川の向こうは佃島や月島の高層マンション群。

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 かつては狭い路地に木造二階建ての長屋造りが密集する月島のような典型的な下町でしたが、バブル期に地上げで散々荒らされて、バブル崩壊後スカスカな歯抜けの街だけが残されました。

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 引っ越して行き空き地となった場所には、古くてもう稼働しなくなった、立体駐車場が墓標のように錆びた鉄骨を晒しております。その光景はあまりにも異様ですが、それでも頑なにこの土地に留まり生活を続ける人々がいます。

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 この界隈は築地の電通本社のお膝元と言う事もあり、新富町のデザイン会社や印刷会社に続いて印刷工場が点在してました。しかし不景気の煽りで倒産も相次ぎ、自ずと活気も落ち込んでいます。

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 材木で倒壊を防いでいる家。効果はさておき、逞しくも思えます。

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 そして現在、この街にはUR都市機構(旧・公団)による再開発計画が持ち上がっています。反対運動もあるようですが、なにしろ既にして街が死に体。

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 計画が進めば39階建ての複合施設とマンション群が建ち並び、対岸の佃島のようになってしまいます。

※2013年11月、再訪

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 二年と八ヶ月が経ち、再び湊を訪れました。UR都市機構の39階建ての複合施設は未だに建設される気配がありません。

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 しかし、林立していた錆びだらけの立体駐車場は撤去され、一戸建てなどの造成が始まっております。やっと回復への一歩を踏み出したといった所でしょうか。

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 ただ、マンション建設に伴う立ち退きもあるようです。この印刷工場は今期いっぱいで休業とのこと。

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 こちらは湊から少し外れた新富町側ですが、すっかりマンションだらけになっています。この建物は料亭か何かだったのでしょうか、囲まれてます。日照権も何もあったものじゃない。

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川崎市幸区(2)、小向マーケット

 バスでしか行かれないような辺鄙な地域で、住宅街や団地などがあるような場所で、このようなマーケットを見掛ける事が有ります。川崎駅から多摩川沿いに少々遡った辺り、小向東芝町という町名があるくらいに、東芝の工場を中心とした企業城下町として栄えた街です。

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 日用品売場、としか表記されていないマーケット。

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 地図表記でも日用品売場としか書かれていません。中はどこもシャッターを降ろしていましたが、唯一奥の豆腐屋さんだけは営業している様子。

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 この小向マーケットは、戸出の朝鮮部落を探していた時、偶然見つけました。

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 この色褪せた万国旗が寂れた雰囲気を醸し出しております。

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 北側の入口。こちらもみなシャッターが降りており、二軒営業しているのみ。

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 その外観がまた凄まじいほどのバラック。このような建造物も、時代と共に消えてゆくのでしょう。

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 マーケット向かいのアパートも凄まじいバラックでした。

 川崎駅に帰る途中、かなりインパクトのある団地を見かけたので撮っておきました。

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 こちらの巨大建造物、市営河原町団地という市営住宅です。

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 団地というか段地。まるで古代遺跡のような迫力と存在感。

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中央区佃島、観光地化された下町

 もんじゃストリートで有名な月島。この月島西仲通り商店街はもんじゃ焼きを武器に観光地化し、寂れゆく商店街の再生に成功しました。下町の路地裏を保存しつつも、月島駅周辺は再開発されて高層マンションが林立しております。

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 月島の路地裏の住宅密集地帯と、再開発された勝どきの高層マンション群。反対側の豊洲や有明も高層マンションだらけ。月島周辺は元々倉庫だらけだつたので、倉庫を潰した跡地の再開発が盛んです。

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 月島から佃大橋通りを隔てた北側が佃。もんじゃがてらチョイと寄り道散歩程度に立ち寄れます。近代的なビルと木造建築とのコントラストは、多くのアマチュアカメラマンたちを惹き付けています。インターロックを敷き詰めた通りは、観光客を意識してでしょうか。

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 佃は佃煮で知名度こそ高いものの、その区域はさほど広くありません。ただ路地の狭さが半端ないです。都内屈指の狭さと言えましょう。

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 住吉神社のそばには釣り船の停泊する船溜まりがあり、赤い橋が掛かる景色は昔からアマチュアカメラマンたちの撮影スポットとなっております。絵になる場所ですが、沈んだ手漕ぎ船なんかはわざと放置しているんじゃないかなんて邪推してしまいます。
 船溜まりの奥は公園となっており、桜の木がたくさん植えられていました。

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中央区築地、消えゆく築地市場

 江戸時代から東京の食品流通を担ってきた日本橋魚河岸をはじめとする市場群が、大正12年に起きた関東大震災で壊滅したのを受け、隅田川や汐留駅といった水運、陸運に恵まれていた旧外国人居留地の海軍省所有地を借り受けて臨時の東京市設魚市場を開設したのが、築地市場の始まりである。
(出典:Wikipedia)

 一時はオリンピック誘致の失敗で取り壊す大義名分が半減した築地中央卸売り市場でしたが、施設の老朽化やトラック等の駐車スペースの狭さなどから移転計画は続行。移転先である豊洲の土壌汚染問題などで揉めたりもしましたが、2025年東京オリンピック開催決定を受けて移転が正式に決定。しかし移転するのは場内市場のみで、場外市場は置き去りにされる形となる。

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 とにかく古い。手前の建物も外国人居留地時代の物かなどと思ってしまうが、定かではない。

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 場外市場にて。休日や平日の午後など場内市場が休みの日は、店も開いておらず閑散としてます。

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 下町でもあまり見られなくなった建築物が密集しています。
まさに都心の異次元といった雰囲気。

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 木製のリヤカーと言うか大八車と言うか、現役で活躍してます。

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 場内市場と場外市場の間は現在埋め立てられているものの、かつて運河で仕切られていたようで、橋の跡があります。その橋の袂に立つガス灯らしきポール。

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 築地、とは言っても中央区区役所の裏手辺りなんですが、古い建物の鶏肉屋があります。

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 よく残ってるなぁと、じっくり見てみると、
 電話 東京(54)百七十七番。
 昔の電話番号でしょうか。
 『東京』とあるのは、まさか電話局に交換士がいた時代?
 しかも現在四桁から始まる所が二桁で、番号も四桁ではなく三桁!
 いつ頃の時代なんだろう。

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