※まとめサイト等への画像及び文章の無断転載を禁じます。

     ⬜ 温泉リスト(フルプラウザ版) ⬜

    ⬜ 立ち飲みリスト(フルプラウザ版) ⬜

群馬県水上温泉(3)、寂れた温泉街の廃墟群[後編]

※こちらの記事は2010年4月に撮影したものです。水上には2015年4月に再訪しております。

IMG_1265

IMG_1237

『水上観光ホテル‌‌』
 2007年10月に事業停止。負債額約6億円‌‌。
 昭和28年に設立の地区内では中堅の老舗旅館。最盛期の売上は5億円。ところが団体客の減少に加え、平成16年発覚の温泉偽装表示で売上が激減した。直近売上は1000万前後まで落ち込み、営業継続が困難になった。‌‌施設は現在、都内の不動産会社が所有しているが、今後については未定。‌‌

IMG_1240

 位置的に恐らく『白雲閣』
 1930年創業、廃業年不明(恐らく2005年に閉館)。‌‌
 白雲閣は関東一円に存在したホテルチェーンで、倒産により軒並み閉館。正面玄関の写真はちょっとヤバイ感じがしたので消しました。

IMG_1248

『旅館藤屋ホテル‌‌』
 2009年2月17日に破産手続開始申立。負債額約22億‌‌。
 明治8年創業。水上温泉街の中心地において温泉旅館「旅館藤屋」を経営してきた。施設は昭和46年に改装が行われ、平成の初期までは10億円を超える売上規模にあったが、当時から建物の償却負担が重く、赤字経営を余儀なくされていた。その後も消費低迷や設備の老朽化が影響し、売上は減少一途をたどり、近年は年商が2億円程度にまで落ち込んでいた。この間、金融機関の支援などで営業を続けてきたが、平成20年5月には行政より不動産が差し押さえられたほか、同年夏には金融債務の大部分が東和銀行の子会社、東和フェニックスに譲渡。更に、20年後半からの景気後退により資金繰りは一段と悪化し21年3月2日に営業を停止した。‌‌


IMG_2314

 よくよく調べてみたところ、現存する水上の大型観光ホテルは聚楽と水上館以外はほぼ全てが民事再生法の適用を受けたり一度倒産してたりしていました。そう考えてみると、実質ゴーストタウンに近い物があります。‌‌

『ひがきホテル‌‌』
 2005年2月民事再生手続き開始申立。負債額約28億‌‌。
 昭和23年創業。‌‌平成7年、個室に食事処を設けた27室の「華翠亭」を増築。積極投資が裏目となり、温泉ホテル業界の長期低迷に加え、16年8月の温泉表示偽装問題、10月の新潟中越地震による関越自動車道通行止めが大きく影響した。


※追記 ひがきホテルは2016年11月21日、税金の滞納などから物件を差し押さえられ、営業停止。破産手続きを開始しました。負債総額は推定3億円。


『松乃井ホテル‌‌』(営業中)
 2006年7月5日に民事再生手続開始申立、同日保全命令を受けた。負債額約40億円‌‌。元上毛新聞佐鳥俊一社長の妻タカ氏を社長に、昭和31年に設立。佐鳥グループの全面支援、相次ぐ設備投資で、後発ながら収容人員1000人の水上温泉トップクラスに成長。最盛期の平成5年6月期は40億円強の売上。‌‌しかし団体客の急減で、業績は急激に悪化。平成17年6月期は売上高21億2600万円で、1億2100万円の赤字となっていた。‌‌


 ‌‌IMG_2309

 こちらは現在も元気に営業を続けている『水上館』ですが、実際に宿泊しました。壁に昭和天皇が宿泊された時の写真もありました。天皇が泊まった時点で、箱根富士屋ホテルや日光金谷ホテル、ホテル雨晴などと同格となります。部屋はかなりの広さ。また、生花などの細部に行き届いた気配りも完璧です。いわゆる高級温泉旅館というものですね。確かに12600円でこのグレードは安かった。‌‌

(末)IMG_2304

 温泉についてですが宿泊した当時まだ入浴経験も少なく、ちゃんとした評価は出来ませんが、ほとんど特徴を感じられず、本当に温泉?と素人ながらも疑問を持った記憶があります。恐らくは加温加水循環濾過による印象だったのではないかと思われます。

※この記事を書いた後の2013年8月、水上館は経営不振に陥り会社分割方式によって事業再生に踏み出しました。世襲で受け継いできた経営も後継者不在を理由に、温泉旅館の再生などを手掛ける経営コンサルティング会社に引き継がれています。旧運営会社だった室井商事は負債総額は17億円程度を残し解散。


IMG_1251

 メインストリートにある『米屋旅館』。ちゃんと営業しており日帰り入浴もやってます。改修する予算が無いとは言え、この荒廃ぶりは凄まじいです。

IMG_1227

 水上の観光産業の衰退は1982年の上越新幹線の開通から始まります。新幹線は高崎を出て上毛高原(水上のずっと手前)に止まり、急勾配を避けるためそのままトンネルに入って新潟へと抜けてしまいます。同時に水上で停車する特急列車は減少してゆき、都心からのアクセスが不便になってしまいました。‌‌

 上毛高原からバスに乗れば猿ヶ峡温泉が水上までと同じくらいの距離で、それを機にこの猿ヶ京は雑誌やTV等でも頻繁に取り上げられるようになりました。また、新幹線乗せたがり屋さんのJRも在来線特急で水上に行かせるより上毛高原の利用を推進させました。‌‌

IMG_2311

 群馬県の温泉では草津、伊香保など有名な温泉がありますが、かつての水上もそれと肩を並べるほどの規模でした。衰退の原因は交通の便だけでは無く、地元観光協会や組合、ひいては町の行政などの努力の差が原因ではないかと思います。
 草津や伊香保、四万、猿ヶ京、万座などには路線バス会社だけでなく旅館ごとに観光バス会社と契約して都心からの直行バスを走らせておりますし(現在は関越交通が高速乗合バスを1日1往復運行中)、サービスの向上や様々なアイデアで観光客を飽きさせない企業努力があります。一方企業や組合の団体旅行に頼っていた水上温泉はコンパニオンの数もパブやスナックの数も非常に多かったようで、温泉街全体が男性客をターゲットにしていたようです。女性客や家族連れの増加など、温泉旅行の多様化に乗り遅れた結果がこの廃墟群なのかも知れません。‌‌

IMG_1249

 潰れた施設を買い取り再生させるのが得意な、大江戸温泉物語や星野リゾートなども水上には手を出していません。

にほんブログ村 旅行ブログ 温泉・温泉街へ
にほんブログ村

群馬県水上温泉(2)、寂れた温泉街の廃墟群[前編]

※こちらの記事は2010年4月に撮影したものです。水上には2015年4月に再訪しております。

 水上はかつて、草津や伊香保などと肩を並べるほど有名な温泉街でした。しかし今やその栄華を誇った時代の痕跡だけを残し、廃墟だらけのゴーストタウンと化して行こうとしております。観光地の光と影として、箱根湯本温泉や草津温泉などと比較すると面白いです。

IMG_1208

 駅前の通りの裏手は崖で、急な階段を降りて行く。するといきなり廃墟のお出迎えです。‌‌

IMG_1207

 駅前通りとは空気が一変、崖下から利根川の河原にかけては居住地で、観光産業に従事する人々の生活の場。狭い生活路、お地蔵様、墓地、野良猫、等々。

IMG_1211

 川沿いを歩けば桜はまだ咲き始めで蕾を膨らませている。

IMG_1213

 地面は一面、小さな花々。暖かい日差しの中で虫たちも飛び回り春の山里の景色が広がります。水位を増した利根川上流域は雪解け水が轟き流れる。‌‌桜の下には小さな祠。この長閑な景色にマッタリしていた時、振り向いたらその廃墟はありました。‌‌

f98e3de9_640

『大宮ホテル』
 創業年不明、1991年頃廃業。‌‌
 色々と調べてみましたが詳細は不明。89年にエレベーターで死亡事故があったって事ぐらいしか出て来ません。張り紙を見た所、みなかみ町に税金を払えず差し押さえられたようです。そして噂によれば幽霊ホテルだとか。‌‌
 正面玄関は崖上の駅前通りに面しており上階にロビーがある構造で、写真は裏手の河原側からの物。かなり不気味な廃墟です。

IMG_1228

『蒼海ホテル』
 創業年不明、2005年4月廃業。‌‌詳細不明。
 水上では廃墟的に最もシビレる物件です。奥の棟まで全てが廃墟。

IMG_1230

 いかにも男性だけの団体旅行をターゲットにしていたらしく、ホテル直属のコンパニオンを抱えていたようです。コンパニオンは宴会の席にシースルーで登場する宴会プランがウリだったとかで、半ば巨大風俗店。2005年4月閉館。そりゃ今の時代、潰れるわな。‌‌

IMG_1232

 温泉街の入り口。薄茶色の外壁の『ホテル聚楽』が2棟写っている以外は、ほぼ全てが廃墟。‌‌

にほんブログ村 旅行ブログ 温泉・温泉街へ
にほんブログ村

群馬県水上温泉(1)、SLと蕎麦、そして猫

 水上はかつて、草津や鬼怒川、塩原、熱海、箱根などと肩を並べるほど有名な温泉街でした。しかし今やその栄華を誇った時代の痕跡だけを残し、廃墟だらけのゴーストタウンと化して行こうとしております。

IMG_1238

 しかしながら水上は黙って時の流れに任せるままな訳ではありません。最近では何毎年GWや夏休みを中心に運転するSL列車で集客しております。

IMG_2329

IMG_2331

IMG_2342

 水上駅構内に残っていたターンテーブルを復活
させ、上り下り共に前向きで牽引させるなどの気合いの入りよう。

IMG_20140412_101253473

 しかし実際乗ってみると、ゴールデンウイーク前とは言え土曜日なのに空席が目立ちました。そもそもSL列車に乗ってしまうと走っている姿を見れる訳でもなく、ただ汽笛の音が聞こえるだけという。

IMG_1224

 また水上は、橋の上にバンジージャンプの設備を建てたり、ゴムボートによるラフティング(渓流下り)、パラグライダーなど、あらゆるアクティビティを企画してます。

IMG_1276

 ほぼ無人と化したリゾートマンションの手前にひっそりと佇む小さな蕎麦屋「あら井」。

IMG_1271

 ここの蕎麦がまた、絶品でした。舞茸の天ぷらも高価な天然の舞茸で、セットで1400円。天然舞茸はでかい上に貴重なので、この値段は妥当なようです。天ぷらには舞茸の他にもゼンマイ、ふきのとう、ウド、カタクリなどもあり、どれも絶品。山の味というものを思い出させてくれます。

IMG_1273

 また建物の古さもシビレる。奥の座敷なんてかなり傾いてるし。

IMG_1263

 水上には何度か訪れてまして、その中で毎回訪れる場所として猫溜まりがあります。‌‌

IMG_20140412_123110864

 ペットも泊まれる宿の『だいこく館』さんが野良猫たちの世話をしてあげているようです。‌‌

IMG_2301

「ごはん?ごはん?」‌‌

IMG_1254

IMG_1260

 その宿の脇にある空き地みないな場所を挟んだ向こうにはお寿司屋さん。猫にとっては天国のような場所。‌‌

IMG_2320

 カマキリの匂いを嗅ぐ。(笑)

IMG_2318

 温泉だけじゃない、猫たちにも癒されます。

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

栃木県宇都宮市(2)、市街地~江野町横丁

 
IMG_1484

 宇都宮と言えば餃子。しかし有名店などは行列が出来ています。上の写真は揚げ餃子で有名な「みんみん」。

IMG_1485

 こちらは「正祠」。名物を作り全国に宇都宮の名を轟かす事に情熱を傾ける栃木県民ですが、その甲斐あってか観光産業として成功しています。

IMG_1482

 ただ宇都宮の中心地である東武宇都宮駅付近、長崎屋などのデパートが建ち並ぶショッピング街や繁華街『オリオン通り』は、ゴールデンウィークにも関わらず人もまばら。地元民は逆に郊外にあるUR都市開発の手掛けた巨大ショッピング街、インターパークなどに人が集中しているんだろうなと思われます。 ‌‌北関東に限らず地方都市は基本、車社会ですから。

IMG_1466

 東武宇都宮の辺り、大通りから北へ一本奥に入った泉通りに歓楽街があります。パブやスナックなどが多いのですが、路上には暇を持て余したキャッチやホストの姿が目立つ。街を釜川と言うドブ川が流れており、川沿いには料亭街。しかし目的地は別に有りました。 ‌‌
 半年前訪れた際にたまたま見付けた路地裏のスナックが楽しい店だったので、記憶を頼りに探すもなかなか見付からず。江野町横丁と言う名前だけを頼りに大通りの反対側、長崎屋裏手からオリオン通りに掛けてを探しまくりました。
IMG_1468

 半ば捜索を諦めかけていた頃、その路地は通りの片隅に突如顔を覗かせた。

IMG_1472

 前回、よくこんな路地を発見したもんだと呆れる。路地裏には営業中の風俗店二軒と潰れた風俗店一軒。置き屋か何かだったとおぼしき家が一軒。

0909_utunomiya02

 そして路地の曲がり角にあるスナック『加代』。それにしてもなんという狭さ! なんという暗さ! ‌‌

0909_utunomiya03

 小さいカウンターとボックス席3つと言った小ぢんまりとしたお店。 ‌‌天然な大ママとしっかり者のチーママは、相変わらずでした。

にほんブログ村 写真ブログ 路地・路地裏写真へ
にほんブログ村

栃木県宇都宮市(1)、大谷石採掘で栄えた大谷地区

 サドルをやたら低くして自転車に乗る栃木県民たちを眺めながら、まず向かったのは寂れた観光地、大谷。近づくにつれ、家の塀や門、蔵などに大谷石が目立ち始める。 ‌‌

IMG_1413

 大谷石御殿。採掘でどれだけ儲かっていたかが伺えます。このような屋敷がこの辺りにはいくつもある。 ‌‌

IMG_1426

 6~7世紀頃から採掘が始まり、明治末頃から本格的な採掘で賑わったとされる大谷地区。この辺りの民家には塀や門や蔵など、様々な所に大谷石が使われています。

IMG_1424

 こちらも大谷石御殿。見事な門構えです。

IMG_1433

 大谷石の採石場跡である大谷資料館に到着。かつて採掘していた巨大地下空間を見る事が出来ます。

IMG_1442

 まるでダンジョン。ロープレ、とか思い出す。 ‌‌地底空間とは不思議なもので、地味でマイナーな観光スポットですが一見の価値ありです。

0909_ooya05

 この辺りは大谷石の採石場として栄え、その採石場跡も観光地として賑わってました。しかし10年ほど前だったか、田んぼに巨大な穴が空くほどの陥没事件があり、以来観光客も減って行ったとか。

0909_ooya02

 後で宇都宮にあるスナックの大ママに聞いたのですが、なんでも採石している会社の二代目が、落盤を防ぐために柱状に残してあった所を、いい石が残っているからと言って削ってしまったそうです。 ‌‌江戸時代から続く坑道(巨大地下空間)は、先人の知恵でちゃんと計算された上で太い柱を幾つも残してあったと言うのに。 ‌‌

IMG_1454

 以来、観光地としても寂れて行ってしまったとか。確かに、潰れたお土産屋さんや食堂、ホテルなどが周辺に廃墟として点在しております。 ‌‌

IMG_1444

 採石場の近くにある大谷観音。岩壁(大谷石)の窪んだ所に建つ本堂は中国の石窟寺院を思わせる(大袈裟)。 ‌‌

0907_otaru09

 本堂の中は撮影禁止のため写真は無いのですが、岩肌に見事な千手観音像が彫られております。弘法大師作と言われてますが、チベットを思わせる(大袈裟)。 ‌‌

IMG_1443


0909_ooya07

 本堂内部を撮影出来なかった代わりに境内を撮影。

IMG_1451

 大谷観音の門前から切通しを抜けると平和観音があります。こちらは戦後、戦没者の慰霊のために彫られた巨大な観音像。この辺りが疎開先などになっていたのかも知れません。


‌‌
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログ紹介
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを載せています。また、国内の寂れた観光地やマニアックな温泉スポット、廃墟などもご紹介。

鰻田ニョロの小説部屋
→過去に書いていた小説など
トラベル.jp たびねす
→たまに記事を書いてました

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
記事検索
最新記事
  • ライブドアブログ