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【年末スペシャル】記憶に残った情景(2017総集編)

毎年恒例となっています今年一年の締めくくり、記憶に残った情景総集編です。

今年は去年の年末に訪れた埼玉の廃村を引きずってのスタート。廃墟サイトでは有名な白岩集落探訪から始まりました。

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運転免許を持っていない私にとって写真を撮りに行くに際し、公共交通機関がどこまで走っているかと言う問題が常にあります。その点この白岩集落は歩く距離としての限界を更新しました。往復1時間近くでしかも山道。登山する方にとっては普通ですが、散歩レベルでは開き直りが必要です。しかしこの経験から行動範囲が広がったのは確か。道無き斜面を登るスキルも磨いた。
情景としては去年の山掴や栗山集落ですでに衝撃を受けていましたが、なかなかここも痺れました。

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今年の記事を振り返って見ると、ひたすら飲んでばかり。インパクトのある光景にはあまり出会わないまま夏を迎えます。そして北海道。去年、連続台風で8月には水没してしまったダムに沈むアーチ橋、タウシュベツ橋梁にリベンジ訪問。予想以上の迫力に圧倒されました。

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翌日、帯広〜釧路間を久々に鈍行列車で移動。帯広では暑いくらいに晴れていたのに、峠を越えて海沿いに出た途端に肌寒い濃霧。しかも一条の線路以外何もないという、まるで異世界に飛び込んでしまったような衝撃でした。

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実に久々の都内街歩き。北千住の飲み屋の多さに驚きながら、徐々に再開発されつつある路地裏に注目しました。特にこの駐輪場に一周囲まれてしまったバラックは酷い有り様。

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夏は奥日光温泉へ。温泉に入れるお寺の温泉寺に立ち寄りました。朝イチ入ろうとしたら加水されておらず80度の源泉がほぼそのまま。泣きながら加水&湯もみをするという経験も、後から考えると楽しいものでした。

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奥日光の帰りにバスの窓から見えた足尾の光景が衝撃的過ぎて、一週間も経たない内に改めて訪れることに。足尾銅山関連の遺構は前々から気になってはいましたが、この目で見ると居ても立っても居られなくなりました。

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すっかり廃村マニアになってしまった私は、足尾で鉱山住宅跡ばかりを巡りました。更地となり石垣しか残っていない地区から木造の長屋がしっかり残っている地区まで、当時の繁栄を偲ばせるものを多く見ることが出来ます。

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数年ぶり仕事で横須賀まで通うようになったので、以前ちゃんと撮れなかったスナック街を改めて歩きました。11年ぶりでしたが、あまり変わっていない事に安心。

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夏も終わる頃、今年は隅田川の花火も行ってないなぁと言うことで熱海の花火大会へ。とても充実した小旅行でしたが、それに絡めて以前より行きたかった超ショートヘアピンカーブトンネルへ。ただのトンネルですがカーブと斜度が半端ない、まるでサザエの中みたいなトンネルです。もう笑うしかない。

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夏に訪れた足尾。藪が枯れて奥まで分け入れるようになるのを見計らって再訪。一部ネットで見ることが出来るものの基本的にはタブーとされる簀子橋堆積場を見るべく、今ではほとんど使われる事の無くなった登山道を登りました。鉱毒を貯めるためのダムという、そのレアな光景に色々と考えさせられます。

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秋も深まりを見せる足尾。まだまだ行けてない場所も多くありますがなにしろ遠いので、来年もまた行ければと思います。

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さて、今年の締めは九州。旧国鉄宮原線跡のアーチ橋群は周辺に広がる日本の原風景も含め、非常に印象に残るものでした。来た事のない場所なのに、学生時代の汽車旅を思い出させてくれる。

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杖立温泉の路地裏迷宮。なんと言うか、もはやファンタジーとも言うべき非日常的な光景の連続で、九州のネタの多さに驚くばかり。以前より行ってみたいと思っていた温泉街ですが最近メディアやネットへの露出も多くなり、メジャーになるにつれ行く気が失せかけていましたが、実際行ってみれば想像以上の衝撃で感動しました。

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天ヶ瀬温泉のオープン過ぎる露天風呂。ほぼ川という開放感以前に、全方向から丸見えという驚き。温泉文化のおおらかな一面を今に残す貴重なお風呂です。

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最後の締めは志免鉱業所竪鉱跡。これだけ巨大な廃墟が解体もされずに残っていたと言うのが凄い。しかも周辺は普通の住宅街。九州の底力を感じました。

と、言うわけで今年はネタが少ない一年でした。仕事が忙しかったと言うのもありますが、基本的には立ち飲み屋で飲んでばかりいました。しかし通いたくなる店や、実際通い続けている店など、多くの出会いにも恵まれました。

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大船の立ち飲み屋「倉庄」さんはとにかく楽しい店でした。夕方の4時ぐらいに暖簾を潜れば、もうすでに出来上がっているお父さんたちが。まさに地元に愛されている店で、しばらく通い詰めていました。ただ大船方面の仕事が終わってしまったら、いかんせん遠くて行かれない。

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横浜市桜木町の市営地下鉄ビルの地下飲食街にある「はなみち」さん。とにかく古くてボロくて大好きな店内。遠くて通いこそ出来ませんでしたが、なかなか衝撃的でした。

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新宿歌舞伎町の外れの外れ、副都心線東新宿駅も近い6丁目。飲み屋なんてもう無いだろうと思える裏通りに突如として現れる立ち飲み屋「中根商店」さん。串物は塩加減焼き加減ともに絶妙で、モツ煮込みはコンニャクも人参も豆腐も入っていないモツのみというもの。美味くて週何回も通っていました。

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そして今年一番の出来事と言っても過言ではないのが、新橋駅前ビル一号館地下飲食街との出会い。まったく楽しい飲み屋街で、特に「南」さんは今でも、これからもずっと通い続けます。もう常連の仲間入り。と言っても常連もイチゲンも分け隔てなくフレンドリーなお店です。年内にもう一度ぐらい行けたらいいなと思います。

そんなわけで、今年も当ブログにお付き合いいただき、ありがとうございます。
来年は今年以上に多くのマイナースポットを紹介出来ればと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
皆様よいお年を。

〜2014年総集編(旅行編)
〜2014年総集編(首都圏編その1)
〜2014年総集編(首都圏編その2)
2015年総集編
2016年総集編

北区赤羽(4)、桐ヶ丘中央商店街

このブログを始めら頃からずっと行こう行こうと思い続けながら先送り先送りにして来た場所。それがこの西が丘商店街です。ネタとして微妙と思っていたからに他なりません。

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赤羽から赤羽台に登って桐ヶ丘団地。赤羽郷バス停の交差点にこの中央商店街はあります。

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桐ヶ丘団地は戦時中まで兵器支廠赤羽根火薬庫がありました。戦後、赤羽台から桐ヶ丘、西が丘に至るまでの広大な旧陸軍の関連施設群の半分以上は、進駐軍の施設へと転用されて行きます。この進駐軍による米軍キャンプは段階的に返還されて行く訳ですが、その駐留は昭和46年まで続いたそうです。

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一方で兵器支廠赤羽根火薬庫の建物はそのまま仮設住宅へと転用され、戦火で住居を失った戦災者や外地からの引揚者、またこの地域にいた浮浪者や米兵上陸のあった沖縄からの転居者などが暮らすようになります。

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そしてただの倉庫という劣悪な環境で暮らす人々は、この地を第二の故郷にしようという思いから赤羽郷と名付け、今もバス停名としてその名前が残っています。

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昭和30年に最初の集合住宅が建ち、やがて高度経済成長の時代とともに都営住宅(赤羽台は公団住宅)がこの一帯に建ち並んで行く事となります。

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前置きが長くなりましたが、その桐ヶ丘団地の中心にあるのがこの桐ヶ丘中央商店街なのです。

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都営桐ヶ丘アパートE28A号棟とE28B号棟に挟まれる形で建つ商店街は、中庭を囲むようにして並んでいます。

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駄菓子屋さんや八百屋さんなどが生き残っていますが、現状はほぼシャッター商店街。

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団地住民の高齢化もありますが、そもそも商店を営んでいた方々が跡取りもおらず高齢のため辞めて行ってしまったと言うパターンが多いようです。

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因みに10年ほど前でしょうか、テレビ東京のモヤモヤさまーずが放送開始当時にここを訪れており、私もその放送でここの存在を知りました。放送以後、下町散歩系のサイトなどではそこそこ有名になり、特にオモチャと駄菓子を売る店にはいまだに多くの人が訪れているようです。

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商店は団地とほぼ同じ造りの長屋となっていますが、裏手に回ると普通の民家を付け足したような形となっています。

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こちらは西側。店舗は閉めても住んでおられるようです。

【日記】毎年恒例浅草酉の市 2017

酉の市は毎年欠かさず行っていたのですが去年は悪天候で行けず、と言う事で11/30、今年二年ぶりの浅草酉の市に行って来ました。

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連れとの待ち合わせで時間潰しをしなければ。しかし南口から陸橋を渡った階段下の「さのや」は超満員。小雨が降ってなければ路上でも飲めるのですが断念。なんか無いかと言問通りを彷徨ってみれば一軒の酒屋さん。

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ここがなんと角打ちでした。台東区侮れません。今回たまたまipadを忘れて来てしまい、古いスマホの腐ったカメラしかなかったため、画像がぼんやりしています。

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作る系のおつまみは8時まで。それ以降は乾物やチーカマなど店頭に並ぶ商品のみで、角打ち営業は9時まで。地元の常連さん方で賑わっていました。

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連れと合流して浅草竜泉にある鷲神社へ。浅草と言ってもここは浅草と入谷と吉原の中間辺り。

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熊手は安いやつを適当にパパッと買って、目的は毎年同じ場所に建つ居酒屋屋台です。この日は寒波の影響でえらい寒かった。

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まずは牡蠣と生ビール。奥が当たりで手前がハズレ。牡蠣は開けてみないと分からない賭けです。

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続いてホタテと升酒。毎年ここで震えながら升酒を飲むと、もう年の瀬だと実感します。屋台の女将さんは体調を崩し休んでましたが、大将は変わらず元気でいらっしゃいました。

福岡県博多、夜の中洲〜志免町、志免鉱業所竪坑櫓

福岡博多の屋台について、中洲は観光地化されており、最近では天神の屋台街に地元の方が集まるとの事。しかしおよそ10年前に中洲で飲んだと言うこともあり、今回はメジャーな中洲界隈で夜を過ごすことにしました。

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中洲の歓楽街がまず目を引いたのは大洋映画劇場。終戦直後の昭和21年、当時まだ焼け野原だった博多に戦後初の娯楽施設としてオープンしたそうです。

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裏通りを入って行くと、なかなか渋い建物が目に付きます。

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このような地元感溢れる大衆酒場が非常にそそられるのですが、店内は超満員でした。

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いい感じの路地裏があったので、とりあえず入ってみます。この人形小路には古いスナックと若手が新規開店したような店とが混在しています。

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路地の出口にある「あほう鳥」に入り、モツ鍋を堪能。ビールに合う!

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いい感じに酔ったところで屋台街に行きました。地元のサラリーマンと観光客でごった返しています。

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南端の屋台「峰ちゃん」に入店。店じゅうに名刺が貼られています。

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芋焼酎ロックを注文。しかしコップになみなみと注がれた焼酎に小さい氷が二つ入っているのみ。焼酎はストレートたい!とでも言わんばかりで、酔いが回る回る。

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翌日、昼までガッツリ寝て福岡空港の近くにある志免炭鉱跡に寄りました。こちらは地下坑道より斜めに搬出する坑道口。

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そして圧巻なのがこの重要文化財に指定されている竪坑櫓の廃墟。

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ここ糟屋炭田志免鉱業所は日本で唯一の国営炭鉱で、明治39年より採掘が始まり昭和39年に閉山。

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鉄筋コンクリート造ですがところどころ表面のコンクリートが剥離しており、当然ながら立ち入り禁止。しかしよく残っていると思います。

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開山当時は海軍の管轄でしたが、戦後国鉄に移管されたそうです。

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高台に建つ竪坑櫓の下には旧国鉄勝田線の廃線跡があります。

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竪坑櫓の下には志免鉄道公園があり、筑前志免駅跡の線路とホーム、踏み切り、信号などが残されております。

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勝田線は先日紹介した宮原線同様第1次特定地方交通線に指定され、1985年4月1日に廃止されました。国鉄の分割民営化を控えたこの時期、かつて炭鉱で栄えた九州北部でも数多くのローカル線が廃止されています。

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線路跡は大部分がそのまま緑道となり、上亀山の方まで続いています。

今回の九州旅行はこれまで。それにしても行きたい場所がまだまだあり過ぎて、全然周り切れませんでした。

大分県日田市、天ヶ瀬温泉の開放的過ぎる露天風呂

今年7月、九州北部を襲った豪雨により、日田駅から西へ向かう久大本線の光岡まで、及び北へ向かう日田彦山線の添田までが不通となっています。当初復旧の目処が立たないとされていた同線ですが、地元市民や行政の強い要望を受け、JR九州は翌年、2018年8月の復旧を目指すと発表しました。

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鉄道は寸断されましたが高速道路への被害は無く、福岡からのアクセスは西鉄バスと日田バスが1時間に2本のペースで運転されています。また、途中朝倉市を通過する際、被害の爪痕を垣間見ることも出来ます。

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別府方面からの久大本線は日田で折り返し運転。その先は代行バスとなります。またこの区間にはキハ47が現役で頑張っています。

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日田と豊後森の中間辺りに、天ヶ瀬温泉があります。築後街道は斜面の上を走り、温泉の中心街は道幅の狭い旧道沿い。川と崖の間に老舗旅館がひしめき合って建つため、道路の拡張工事は無理と言うこと。

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宿泊したのは温泉街の中ほどに建つ湯の華荘さん。まずこの建物の古さに惚れて予約しました。

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館内も昭和の温泉旅館と言った雰囲気で渋い。

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お風呂は単純硫黄泉。源泉温度が90度もあるので恐らく加水されていますが、源泉も掛け流されています。

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湯の華荘の目の前には一回100円の共同浴場「薬師湯」があります。旧道や対岸から結構見えてしまう露天風呂ですが、女性は水着、湯あみ、バスタオル可。

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実に簡素な脱衣所。源泉と水が同時に掛け流されて温度調節されており硫黄臭はほとんど感じませんが、しっかりした浴感でとても温まります。

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天ヶ瀬温泉は河川敷に六ヶ所の共同混浴露天風呂があります。システムはどこも同じで100円。それはさておき、こちらの「神田湯」、オープン過ぎるにもほどがある!全方位から丸見え!

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ちなみにですが左手に写る大型温泉ホテルの成天閣さん、寂れた感じの温泉街の中で唯一、平日なのに全室部屋の明かりが灯っていました。夜スナックで聞いたのですが、どうやら韓国人観光客を大々的に受け入れているとか。背に腹はかえられぬ切迫した温泉街の事情と言うやつですね。

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脱衣所もオープン!しかし怯んではいられません。開き直っていざ、入湯。
ぬるい!
源泉がちょろちょろとしか出されておらず、湯加減人肌。産湯かよ!と、全裸で叫びそうになりました。(笑)

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こちらは駅から歩いて温泉街の一番奥にある「鶴舞の湯」。残念ながら18:00からの営業でお湯が無い。

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しかしここは比較的隠されています(対岸からは丸見えですが)。左手のよしずは女性専用脱衣所。いや、見えるから。(笑)

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最後に天ヶ瀬駅前にある共同露天風呂「駅前温泉」。残念ながら時間の関係で入れませんでしたが、一番下流に当たるこの源泉、なぜか炊きたてゴハンの匂いがします。
昔は河原のどこを掘っても温泉が出てそうですが、温泉文化としてこの大っぴらな感じは古い習慣の残る貴重な温泉地だと思います。共同露天風呂としては今回、残る古湯と益次郎の湯も入れなかったし、必ずやリベンジしたいと思います。

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こちらは天ヶ瀬温泉で唯一生き残っているスナック「ラブボート」。2時間3000円カラオケ別ですが、とても楽しめるお店でした。
(ただし私の楽しめる基準は若くて綺麗な姉さんではなく、あくまでも会話とノリで楽しめると言う意味ですので、変な期待はしないように)
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