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【日記】毎年恒例万座温泉日進館 2018

少々更新に間が空いておりますが、万座温泉に今年も行って参りました。
2月17日、日進館の直行バスにて万座へと向かうも関越自動車道の事故渋滞にハマり2時間の遅れ。万座鹿沢口辺りから吾妻高原へと入って行くにつれ雪が降り始め、万座温泉に着く頃にはもはや一面の銀世界。
本来ならばチェーンを装着すべきだったのかも知れません。万座プリンスの手前の急勾配カーブでタイヤが空転。ズルズルと三菱ふそうエアロエースが後退していきます。背後には同じく直行バスの2号車がいますが、こちらはこちらで後続の乗用車が詰まっているためバック出来ません。これは接触も避けられないかなぁと思っていたところ、運転士さんの巧みなハンドルさばきでイン側の雪壁にボディーを擦り付けてバス同士の接触を回避。
その後プリンスホテルのスタッフでしょうか、イン側の雪壁を削り除雪車で牽引して無事急勾配カーブから脱出しました。誰もが落ち着いて対処している様子を見るに、雪の積もる狭い道路しかない観光地では日常茶飯な事かもしれません。

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バスは吹雪の中2時間遅れの午後3時半過ぎに到着。折り返しの新宿行きも1時間遅らせて4時に出発して行きました。

本当はホテル聚楽などに湯巡りしたかったのですが、土曜日曜と吹雪に見舞われ日進館に篭りきり。たまに温泉に入りつつ、ひたすら桃鉄で時間を潰していました。

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明けて3日目の月曜日は天気が好転、見事な快晴です。新雪な上に人も少なく気持ち良く滑ることが出来ました。

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帰りのバスに乗る前に締めの露天風呂。温度も少し熱めで丁度いい。

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万座のお湯は相変わらずの濃いい強酸性の硫黄泉。色々有りましたが、終わり良ければ全て良しと言うことで。

港区新橋(4)、汐留口の新橋駅前ビル1階〜2階

新橋駅前ビル地下一階の飲食店街に通うようになり、いまさらながら地上一階と二階の様子を見に行くました。

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B1階から2階まで設置されたエスカレーターは昔デパートなどでよく見た蛍光灯で光るやつ。

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二階はクリニックや居酒屋などが数軒営業していますが、かなり閑散とした雰囲気。

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上階まで続く階段中央の吹き抜け部分には、なぜか排水管が通っています。

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そして一階はこの賑やかさ。いつも地下通路から地下一階に直行しており、一階は閑散とした土曜日にしか訪れていなかったので、お休みしている店も多かったのです。しかし平日の7時過ぎ、多くのサラリーマンが通路にはみ出して立ち飲み。

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パッと見た感じで立ち飲み屋が3〜4軒。そのうちの1軒「三文の徳」さんに入店。

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生400、割り物300〜、他日本酒、焼酎、ともに種類が豊富で特に芋焼酎に力を入れています。とにかくここは酒もおつまみも美味くて、何度も通っています。

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こちらは立ち飲み「喜楽」さん。

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日本酒推しの店ですが、日本酒飲むと本気飲みになってしまうので瓶ビール。女性が一人でも入りやすい雰囲気のお店です。

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地下一階とまた少し違った雰囲気の一階。トンカツ屋と洋食屋の他は、どうやら日本酒推しの立ち飲み屋さんが多いようです。

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これからまた何軒かの立ち飲み屋さんに入って行きたいと思います。

神奈川県横浜市、永楽町の温泉銭湯〜寿町のドヤ街再訪

横浜市営地下鉄伊勢崎長者町より少し歩いて永楽町。横浜の市街地には温泉銭湯が幾つかあるようです。

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住宅や小さな町工場、倉庫などがひしめく下町っぽい街中に永楽湯があります。

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モザイクタイルに描かれた屋号が渋い。

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中はかなり歴史を感じる銭湯。ロッカーの鍵が三分の一も無いのは、常連客が持ち帰っているからでしょうか。
浴室もよくある昔ながらの銭湯建築。普通のお湯の浴槽が二つと、少し小さめな加温鉱泉浴槽が二つ。そのうち一つは立ち膝で肩が浸かる程の深い浴槽。
大田区や川崎市同様の黒湯は温度は42度でちょうど良い湯加減。微かに塩素消毒臭を感じるぐらいの無臭で多少の塩気。しばらく浸かっていると汗が止まらなくなります。湯上りはポカポカで、寒い冬には有り難い。

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銭湯を出て根岸線石川町方面に歩いてゆくと簡易宿泊施設、いわゆるドヤがチラホラと見え始めて来ます。

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やがて寿町の飲み屋街が。この日本三大ドヤ街の一つである横浜寿町を訪れるのも、4〜5年ぶりぐらいでしょうか。

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以前は昼に訪れましたが、夜はより一層怪しい雰囲気。並行する二本の車道に挟まれて、中央を狭い路地が貫いています。

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さすがにここは飛び込みで入る勇気が無かった。しかし、いつかは突撃してみたい。

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飲み屋街を抜けて驚いたのは、寿労働センター(職安)が建て替え工事をしていた事。かつての焚き火で煤けた天井も見ることが出来なくなってしまいました。ちゃんと写真撮っておけば良かった。

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日も暮れてすっかり暗くなってしまいましたが、寿町は相変わらずの異世界。

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ただ、多くの簡易宿泊施設が老朽化のため建て替えていました。普通のマンションを建てても売れないからか、建て替えても引き続き簡易宿泊施設を続けています。

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石川町寄りまで歩いたところにある酒屋「山多屋酒店」さん。ここの隣が角打ちとなっています。

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勇気を振り絞って突入。瓶ビールとカニカマ(100円)。この侘しさに痺れる。

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お爺さんとお婆さんが酒屋、ちょっと強面の親父さんが角打ちを担当。常連さんたちがワンカップ片手にまったり相撲観戦。ドヤ街の日常です。次回は居酒屋に突入して、常連さんのお話なんか聞けたらなぁ。

【日記】横浜市旭区二俣川の立ち飲み「じぇんとるまん」

現在、相鉄の二俣川に仕事で行っており、帰りがけに横浜駅西口ジョイナス裏の立ち飲み「ちょい呑み亭」に立ち寄ったりしていました。

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横浜から急行でひと駅の二俣川。平成31年度下期には湘南新宿ラインに乗り入れて新宿まで、平成34年度下期には地下新線で東急東横線日吉駅に接続と、地価高騰を見越して今相鉄が熱い。とはいえまさか免許センターしかないような二俣川に、立ち飲み屋なんて無いだろうとばかり思っていました。

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ところがどっこい、あったんですよこれがまた。
立ち飲み「じぇんとるまん」さん。桜木町の本店を中心に三ツ境、天王町、新杉田、横須賀中央、二俣川、系6店舗を展開する小規模チェーン店。桜木町本店は以前探索した市営地下鉄の駅ビル地下にあるそうですが、

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生中390円、割り物250円と、割りかしリーズナブル。

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ポテサラ(200円)にはフライドガーリックが散りばめられており嬉しい。神奈川的にはこれにソースをかけて決まりです。
この「じぇんとるまん」、そのうち桜木町の本店にも立ち寄ってみたいところ。

【正月特別企画】回顧録・昭和の鉄道旅

あけましておめでとうございます。

正月はどこ行っても正月料金で高くつく。という事ですっかり寝正月でしたが、暇だったので押入れを漁ったりしてました。その時古いアルバムなどを開いてみたのですが、乗り鉄だった当時の写真が懐かし過ぎて、思わずセブンイレブンの複合機でスキャンし、デジタル化してしまいました。

昭和60年(1985年)の夏。当時高校2年生だった私はバイトしたお金で青春18きっぷを4冊買い、およそ18日間野宿とビジネスホテル泊と夜行鈍行泊を繰り返して各駅停車による日本一周の旅に出ました。
当時の記憶が非常に曖昧なのですが、一つの記録として写真をアップします。オリンパスOM-3にはモノクロを、OM-4にはカラーネガを入れて撮影しましたが、あまりに点数が多いため厳選します。

すいません、今回は鉄一色です。説明不足しまくりです。

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日本一周は時計周りで。宿泊費や野宿の回数を減らすために極力夜行鈍行で距離を稼ぐ。大垣行きの夜行を名古屋で降りて紀勢本線へ。写真はすれ違った特急南紀。

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紀伊勝浦-湯川間の湯川川橋梁にてEF15。当時から古い物が好きで、廃止の危機にある車両を主に追ってました。

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ここは湯川潟の入り口でしたが川原に三脚を立てていたところ、満ち潮で海水が見る見る迫って来て焦った覚えがあります。

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新宮より紀勢本線の夜行鈍行に乗車。EF58+12系+10系寝台。

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翌日は和田岬線の旧型客車を訪ねました。木場みたいに材木が浮かべてある光景なども、今では見られないのかも知れません。

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工業地帯への通勤客を乗せるためにシートを取り払った車内。今考えると衝撃的な列車でした。

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記憶が曖昧ですが、岡山で宿泊して宇高連絡船で四国に渡り、徳島を回って土讃本線の夜行鈍行にて高知へ。この時代、日本各地に夜行鈍行(又は快速)が走ってました。当時は一日2000円の青春18きっぷさえあれば、どこにでも行けた。

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数日飛ばして宮崎。日豊本線を走る寝台特急富士。しっかり撮り鉄もしてました。

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恐らく大隅線のどこかの駅にて(志布志?)、キハ26 455。大隅線はこの二年後の1987年に廃止されます。枝線は省いてとにかく海沿いの国鉄路線で一周したわけですが、今思えば時代として赤字路線が次々と廃止されていく直前のタイミングでした。

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最南端の指宿枕崎線西大山駅を訪れ、また日にちが飛びますが、日本最西端の駅、旧国鉄伊万里線の平戸口駅。だと思います多分。

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門司から福知山(豊岡?)まで、当時日本最長区間を走る山陰本線の824レに乗りました。一日中乗り続けてまぁよく飽きなかったなと。デッキの扉を開けて床に座り、餘部鉄橋で下を覗いて怖えーなんて言ってました。

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途中鳥取駅にて快速わかとりライナーを撮影。それよりも奥に写るキロ28が!

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追い越してゆく特急まつかぜ。何駅で撮ったかは全く覚えておらず。

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多分、宮津線か、もしかしたら舞鶴線のどこかの駅。場所を覚えてないのが悔やまれますが、ホームが無いという衝撃。多分短いホームからはみ出していたかなんかだと思いますが、ホームが無いて!

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あまり写真を撮っていなかった北陸本線、越後線、羽越線、奥羽本線、五能線など諸々すっ飛ばして、いきなり弘南鉄道。16歳(当時)がまた渋い趣味をしている。ガラガラと家の玄関の引き戸のように手で開けるドアに驚きました。本当にガラガラガラという音がした。

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とはいえ走っている時ぐらいドア閉めやがれ!と、少年はカルチャーショックを受けるのでした。

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青函連絡船で函館に渡り、函館本線の夜行鈍行41レで札幌へ。奥に見えるのが夜行急行大雪。

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当時はお座敷車両なんかも連結してました。

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名寄本線弘道駅。枕木を並べただけの、北海道特有のプラットホームにも衝撃を受けました。

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標津線のキハ22 116。何駅かは思い出せません。今ではその殆どの路線が廃止となり、一周なんて全く出来なくなってしまいましたが、当時は辛うじて可能でした。
函館本線〜留萌本線〜羽幌線(廃止)〜宗谷本線〜稚内〜天北線(廃止)〜宗谷本線〜名寄本線(廃止)〜湧網線(廃止)〜釧網本線〜標津線(廃止)〜根室本線〜東根室〜根室本線〜石勝線〜室蘭本線〜函館本線。

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函館本線は大沼公園を走る急行ニセコ。マニ50が時代を感じさせる。

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函館の市電。この514型は1992年、東雲線の廃止により廃車。

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東北本線の場所はどこだか分かりませんが、寝台特急ゆうづる。ギチギチのスケジュールだった割には、結構いろんな所で降りて撮り鉄してましたね。

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盛駅にて岩手開発鉄道のDD43。同年3月には廃車となっていたので、留置されて半年過ぎた姿だったようです。

以上、昔の鉄の話に長々とお付き合い頂き、ありがとうございます。
最後におまけ。
私のホームグランドだった根府川鉄橋にて。

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カートレイン。
渋い!
20系だし!

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