※まとめサイト等への画像及び文章の無断転載を禁じます。

     ⬜ 温泉リスト(フルプラウザ版) ⬜

    ⬜ 立ち飲みリスト(フルプラウザ版) ⬜

神奈川県横須賀市田浦(2)、海軍工廠造兵部跡

京急田浦から海に出る手前に、東芝ライテックの工場があります。この工場は終戦まで、大日本帝国海軍工廠造兵部という軍需工場でした。

IMG_2448

多少手を加えてはいるもののその建物のほとんどが、今でもそのまま東芝の工場として転用されています。この建物は昭和9年に完成した機銃工場。

IMG_2488

向かい側の崖には機銃試射場跡も残っています。[地図

IMG_2492

工場敷地内の真ん中にあるため近づけませんが、大正2年竣工の兵造部中央庁舎。[地図

IMG_2446

その向かい側には無線工場。昭和9年竣工。

IMG_2445

こちらは変電施設。昭和4年竣工。

IMG_2444

こちらは鍛錬工場。施設内に現存する棟屋の中でも最も古いもので、明治19年竣工。煉瓦造の壁にモルタルが塗られています。

IMG_2491

工場は海に面しており、船から材料を荷揚げするための埠頭も残っています。

IMG_2766

海を眺めれば湾内には海上自衛隊の掃海母艦「うらが」が停泊しています。

IMG_2769

軍需工場跡の左手、北側は海上自衛隊自衛艦司令部となっており、その向こう側は米軍の敷地です。田浦は今も昔も軍都なのです。

IMG_2494

湾の右手、南側にはセメント工場がありますが、この辺りにも戦時中の遺稿があります。海に浮かぶこの物体が何であるかは謎ですが。

IMG_2497

埠頭の奥、日立の工場に至る途中に砲塔工場の搬出クレーンの基礎部分が残っています。ちなみに砲塔工場は海上自衛隊施設の移転建設のための取り壊され、それに伴いクレーンの鉄柱も撤去されてしまいました。

IMG_2496

また、この辺りには鉄道引き込み線の廃線跡も残っています。砲塔工場跡の裏手の山には地下壕施設が多く眠っていますが、セメント工場、海上自衛隊、日立パワーソリューションズ、それぞれの敷地となるため、近づくことが出来ません。[地図

IMG_2498

これらの線路は南、JR田浦駅方面から海沿いを走って来ていると思われますが、途中完全に海上自衛隊の敷地内を横切る形となります。

IMG_2442

セメント工場まで戻って南へとトンネルを越えます。隧道の脇に廃道となった旧隧道跡が残っていますが、それとは別に出口付近に塞がれた穴が。恐らく地下壕軍事施設、火工工場の入り口の一つと思われます。

神奈川県横須賀市田浦(1)、皆ヶ作のカフェー建築

神奈川県横須賀市、京急田浦駅周辺に行ってまいりました。

IMG_2454

駅から少し南に下った所より海に向かって仲通り商店街というアーケードがあります。現在ではすっかりシャッター商店街と化していますが、ここにはかつて皆ヶ作という花街がありました。

IMG_2457

ここ田浦にはかつて大日本帝国海軍工廠造兵部(現在の東芝ライテックの工場)や海軍防備隊などの施設がありました。そのため大正から昭和に掛けて、大変な賑わいを見せていたそうです。

IMG_2455

かつて色街を紹介するサイトなどでは有名なカフェー建築が商店街の近くにありましたが現在では解体されてしまい、僅かに匂いの残る建物が数軒残るのみ。

IMG_2461

商店街を海に向かって右側、少し路地を入った所にある割烹飯田屋。

IMG_2453

こちらは商店街の真ん中にある銭湯。まだ現役のようです。

IMG_2462

路地裏に僅かに残る飲み屋街へと入って行きます。

IMG_2463

玄関の上にあるライオンの顔。数少ない私娼の名残りです。

IMG_2464

扇の意匠。カフェー建築の名残りです。

IMG_2469

商店街を抜けて左手の住宅街に入った所に、元料亭だった建物。

IMG_2470

ナスを象った窓。この辺りにはかつて40軒ほどの私娼館があったそうです。

IMG_2472

バー『城』跡。見事なカフェー建築です。

IMG_2474

道が狭く引きで撮れないのがもどかしい。曲線を多く使った建物。

IMG_2476

その二階部分には、いかにもな窓が残る。

IMG_2478

隣にはバー『一ニ三』。現在まだ営業しているかは不明ですが、最近まで営業してたとか。

IMG_2483

崖の中腹に廃墟がありますが、こちらは大正15年竣工の田浦町役場跡です。

栃木県日光市足尾(8)、足尾歴史館の軽便鉄道たち

桐生からわたらせ渓谷鉄道で足尾へ。3回目の訪問となります。

IMG_2759

新緑の渡良瀬渓谷を昇るDE10+12系客車+トロッコ客車。

IMG_2425

ゴールデンウィーク最終日は満席。清々しい風が駆け抜けます。

IMG_2381

すっかり観光客気分の今回、通洞駅で下車して足尾歴史館を訪れました。同じく下車した観光客たちは歴史などに興味は無く、そのほとんどが足尾銅山観光のトロッコへと直行します。

IMG_2392

足尾歴史館の目玉は完璧に復元したガソリンカー。

IMG_2386

この軽便鉄道はかつて、国鉄足尾線とは別に足尾町内を路面電車のように走っていました。明治28年、馬車鉄道として開通し、大正14年よりガソリンカーへと変わったそうです。昭和29年に廃止。

IMG_2389

館内の広場を二周します。約80年前のフォードエンジンをレストアし、ボンネットやラジエターなどもフォードのクラッシックカーからそのまま移植。その辺も忠実に再現しています。

IMG_2407

周回コース内側には、ちっちゃいガソリンカーも。こちらもちゃんとエンジンを積んでて人を乗せ、運転までさせてくれます。

IMG_2409

館内にはさらに小さなOゲージのガソリンカーまで。ガソリンカーへの愛が止まらない。

IMG_2397

広場にはボランティア団体のけいてつ協会によって全国から集められたナローゲージの機関車たちが保存されています。

IMG_2400

集められた車両は整備され、再び動くところまで復元し、動態保存されます。

IMG_2395

こちらは足尾銅山で稼働していた機関車。

IMG_2396

こちらは立山砂防工事軌道の機関車。なんと現地ではいまだ現役で運行されています。

IMG_2398

立山の機関車を二輌も引き取ってました。もちろん二輌ともしっかり動くとの事。この立山砂防工事軌道、スイッチバックしながら昇って行く事でも有名なのですが、30年近く前に現地へ写真を撮りに行った事があります。まさかこんなところで再会できるとは、思ってもいませんでした。

IMG_2403

こちらはかつて向ケ丘遊園の園内を走っていた車輌。防水塗装などの再塗装がまだなのでシートが被されていますが、ちゃんと動くそうです。ただホイールベースが長いため、直線レールでのみ。

IMG_2404

こちらはいわき市の新八茎鉱山で働いていた機関車。こういう顔、大好きです。

IMG_2399

それにしても、ここのスタッフは実にマニアック!話をすると特にそうなんですが、本当に軽便軌道が好きな人たちです。しかも来館しているお客さんたちもマニアック!もっと家族連れとかカップルとか、観光地っぽい雰囲気あってもいいのに、なんか雰囲気がタモリ倶楽部。

ちなみに館内には多くの貴重な写真や資料などが展示されており、足尾の歴史をよく理解出来ます。

栃木県日光市足尾(1)、足尾銅山観光
栃木県日光市足尾(2)、旧足尾線貨物専用線跡
栃木県日光市足尾(3)、足尾銅山本山製錬所跡
栃木県日光市足尾(4)、鉱山住宅跡(その1)
栃木県日光市足尾(5)、鉱山住宅跡(その2)
栃木県日光市足尾(6)、簀子橋堆積場
栃木県日光市足尾(7)、秋の田元鉱山住宅跡〜変電所跡

群馬県桐生市(3)、路地裏スナック街

今回桐生を訪れたもう一つの目的として、桐生の寂れたネオン街を巡るという物があります。

IMG_2315

去年の夏に訪れた時は夜でしたが、誰も歩いてない歓楽街にフィリピンパブの客引きだけがあちらこちらに立っていると言う、なかなか強烈なものでした。

IMG_2316

場所としては仲町界隈になりますが、狭い路地があちこちにあります。

IMG_2319

古い建物が建ち並ぶ中にポツリポツリと看板が。夜に訪れてみるとその多くが現役で営業中というのが恐ろしい。しかもフィリピン率がやたら高い。

IMG_2317

地方都市のフィリピンパブは果たして都心から流れて来たものか、という仮説。

IMG_2320

かつては青線も存在したそうですが、どの建物がそうかという確証は持てません。しかし匂う建物はいくらでもある。

IMG_2325

ネオンでナイトクラブ。素晴らしい。

IMG_2329

かつては日本人のホステスさんが多く働き賑わいを見せていた街も、高齢化や人口の減少、景気の悪化など様々な要因で現在のフィリピンパブ街に変化して来たのでしょう。

IMG_2327

去年入ったスナック麻亜紗のある裏路地。今回も顔を出しましたが、ママさんは元気でいらっしゃった。

IMG_2331

その裏路地の裏側。空き地にポツンと取り残された祠。

IMG_2333

このスナック花咲もちゃんと営業しています。

IMG_2335

大通りを渡って両毛線の線路にも近い町外れにも怪しい路地裏スナック街が。

IMG_2336

くの字に曲がった路地。暗渠でしょうか。

IMG_2338

高架線の線路を潜った先、入り口が斜めといういかにもな造り。その脇を入って行きます。

IMG_2339

この辺りは廃墟と化していました。

IMG_2340

なんか、凄まじい荒れ方です。現在では空き地や駐車場の多い歯抜け状態の街ですが、スナック街が確認できる範囲の広さから見て、昭和の最盛期はかなり広範囲にわたって歓楽街が広がっていたと想像出来ます。

IMG_2368

夜は自転車を返して去年も訪れた居酒屋『鳥元』さんへ。

IMG_2366

串一本80円〜という安さ。しかも美味い。地元の常連さんたちに愛されているお店です。

群馬県桐生市(2)、再訪、文化財建築群

臨時快速足利ふじまつり号にて桐生に行ってまいりました。

IMG_2422

外国人観光客も押し寄せる足利フラワーパークで降りても人だらけだしと思い、そのまま終点の桐生まで乗車。

IMG_2431

ちなみにゴールデンウィーク明けの月曜日、帰りがけにちょっとだけフラワーパークに立ち寄って見ましたが肝心の藤は散った後。今年は桜同様開花が一週間ほど早かったのでゴールデンウィーク期間は微妙だとの噂は聞いていましたが。

IMG_2282

群馬県桐生市に訪れたのは3回目。と言っても2回目は暑さに負けて居酒屋とスナックに寄っただけで帰ってしまいましたが。ここ有鄰館隣の矢野園に訪れたのは実に8年ぶり。
2010年5月に訪れた時の様子

IMG_2291

今回は無料のレンタルサイクルを借りて市内をじっくり巡ります。こちらは無鄰館。

IMG_2294

桐生には有形文化財に指定された織物工場の建物が多く残されておりますが、ここは骨董屋およびカフェとして再利用されています。

IMG_2304

こちらは無鄰館の裏手側。一級建築士事務所が中に入っております。

IMG_2302

こちらは旧曽我織物工場。大谷石で建てられています。

IMG_2312

こちらはベーカリーカフェレンガ。このように古い建物を残そうという働きは素晴らしいです。

IMG_2313

しかし観光PRとしての市の取り組みに弱さを感じ得ません。実際古い街並みとしての桐生の魅力は、例えば関東で言えば川越や佐原などと比べて知名度も低い。

IMG_2307

銭湯『一の湯』。ちゃんと現役で営業されています。時間の都合で入れませんでしたが、いつか中に入ってみたいです。

IMG_2344

こちらは両毛線の南側、本町6丁目の歯医者さん。

IMG_2345

その近く、巳町の歯医者さん。いずれも歯医者とは思えないような歴史的建造物です。

IMG_2346

桐生駅南口近くにある旧模範工場桐生撚糸合資会社事務所棟を利用した桐生市近代化遺産絹撚記念館。大正6年竣工の登録有形文化財。

DSC_0102

こちらは大正8年竣工の登録有形文化財、桐生倶楽部。地元の有力者たちが集って鉄道や銀行の誘致、電話設置などに尽カし、桐生発展の基礎をつくリあげた場所とされています。

IMG_2348

南側の町外れにある銭湯『三吉湯』。

IMG_2351

温泉銭湯はよく探しますが、普通の銭湯は今までノーマークでした。しかしこの外観、一目で惚れ込んでしまいます。

IMG_2359

中では食事も出来るようになっています。

IMG_2353

浴室は古き良き銭湯。富士山のペンキ画も見事。お風呂は43度くらいでしょうか、なかなか熱いお湯でさっぱりしました。

IMG_2361

銭湯を出ると目の前にノコギリ屋根。この工場で働いていた人たちが、仕事終わりに三吉湯で汗を流したのでしょう。

このように桐生の街には貴重な建造物がゴロゴロしています。しかし絹産業で発展した街であるのにも関わらず、世界遺産、富岡製糸場と絹産業遺産群に含まれていません。世界遺産の登録は群馬県、沼田市、藤岡市、富岡市、安中市、下仁田町、甘楽町、中之条町、六合村の1県4市3町1村の共同提案が出発点となっていますが、そこに桐生市の名前が無いのです。私などの素人目で見るに、富岡製糸場を見に行くよりも桐生の街を巡った方が、よほど産業発展の勉強になると思うのですがね。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログ紹介
都内、近郊の古い街並みや建造物、路地裏などの写真とレポートを載せています。また、国内の寂れた観光地やマニアックな温泉スポット、廃墟などもご紹介。

鰻田ニョロの小説部屋
→過去に書いていた小説など
トラベル.jp たびねす
→たまに記事を書いてました

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
記事検索
最新記事
  • ライブドアブログ