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千葉県茂原市(3)、押日地区の素掘り隧道群

先月、旧・海軍茂原航空基地跡の掩体壕群を巡った際、最後に地下壕跡を探しに丘陵地まで足を伸ばしました。地下壕こそ竹藪に塞がれ発見出来ませんでしたが、道すがら素掘りの隧道と出会いました。

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写真は先月、まだ暑い盛りに訪れた御領隧道。暗いし圧迫感あるしで、かなりビビってしまいました。
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千葉県に素掘りトンネルが多い事は知っていましたが、よくよく調べてみるとこの茂原市に密集している地域があることを知りました。そこで今回は特に密集している押日地区を訪れてみます。

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立派な屋敷ですが廃屋でした。丘陵沿いには古くからの農家が点在していますが、過疎化や少子化などで離農される方も多いようです。押日地区は御領隧道があった豊田地区からゴルフ場のある丘陵を挟んだ西側。茂原駅から路線バスもあり訪れ易いです。

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さて、隧道巡り開始します。バス通りである茂原街道から右手、北へと入ります。早速穴を目にしますが、これは倉庫か何かとして掘ったと思われる穴。房総半島は砂岩質が多く比較的簡単に掘削出来るため、古くから地元の方が自分で穴を掘りまくったという歴史があります。

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まずは茂原市街地から見て一番奥に位置する国府関地区からアプローチする戸田谷隧道。建設推定時期は1923年。
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今回はヘッドランプを用意して来ましたがあまり役に立たず。やはりビビってしまいます。

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天井が鋭角になっているのを観音掘りというそうです。

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抜けると押日地区になります。素掘りトンネルは基本的には生活道や旧道などで道幅も狭く未舗装も多く、車で訪れると地元の方の邪魔になることもあるので自転車あるいは徒歩をお勧めします。

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押日地区は水田地帯の中央の丘陵が新興住宅街として開発されています。

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その新興住宅街を囲むように田園と丘陵沿いに点在する旧家。隧道はこの地区を取り囲む丘陵から放射状にいくつも存在します。

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坊谷隧道へのアプローチ。道が途絶えており、とりあえず開けた谷の奥へと進んで見ます。

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最奥部の藪の中に坊谷隧道発見!
いや、これいわゆる廃道じゃないっスか。無理!絶対無理!
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新興住宅街を右手に見ながら丘陵沿いの農村を茂原街道に向かって歩きます。すると左手に細田隧道へのアプローチが。

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細田隧道発見。暗いなー。
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く、暗っ!
怖っ!
トンネルの途中にLEDの街灯があるけど、S字を描くトンネルは入り口からすでに夜みたいな暗さ。誰か探索に付き合ってくれないかなぁ。

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出口付近には雪だるまみたいな簡素な道祖神様が。ちょっと可愛い。

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細田隧道の南側出口。丘陵を越えた所も押日地区になります。

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隧道の左上には八幡神社があり、左下から右上への斜路は隧道が出来る以前の旧道です。すでに廃道となった旧道も撮ったのですが、暗くて手ブレしてしまいました。

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ひとまず猫に癒されます。

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再び押日地区北側の丘陵を目指します。この先で道は二股に分かれ、左に後呂隧道、右に猪喰隧道が有ります。いずれも丘陵の向こう側、坊谷堰の水源から広がる水田地帯に抜けます。

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まずは猪喰隧道へアプローチ。道の奥には闇溜まり。
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そのまま深い切り通し。く、暗れーっ!
太陽光が差していれば苔生した切り通しが綺麗だろうに、闇が深すぎてヘッドランプが何の意味も持たない!

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こちらは左隣の後呂隧道。うん、短いし先が見えるし多少明るい。
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後呂隧道の坊谷堰側出口。明治〜大正期に完成と推定されるが詳細は不明。

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坊谷堰側の水田地帯。押日集落から隧道を通って農作業をしに通っていたのでしょう。

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押日第一第二分水と書いてあります。

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押日集落から丘陵の下を水路が通っているのでしょう。

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さて、こちらは猪喰隧道の坊谷側のアプローチ。

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猪喰隧道坊谷側出口。
ええ、そうです。猪喰隧道のあまりの暗さにビビって通り抜けられなかったんですよ!
この猪喰隧道も明治〜大正期に完成と推定されています。

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坊谷側を茂原街道に向かって下って行くと、右手に花立隧道へのアプローチ。

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花立隧道。昭和10年頃に完成と推定されますが、すでに廃道となっております。抜けた先の押日側もえらい廃道なので、行きません。敬愛するサイトの「山いが」さんみたいなオブローダーじゃないし。そもそもこのブログのタイトルには散歩って書いてあるし!
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坊谷の水田地帯を下ると緑園台という新興住宅地があります。写真左手は押日側の丘陵地で、外側の造成地は建設が中断された模様。

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その丘陵沿いに歩くと狸谷隧道が有ります。
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明治〜大正期に完成と推定。現在も生活道として使われているようで、途中にはLEDの街灯が。

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フフン、余裕で通り抜ける。
……んー、何やってんだろ俺、ってちょっと思った。

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狸谷隧道の押日側アプローチ。

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押日側に出てすぐ右手には、先程坊谷側から見た廃道の花立隧道へのアプローチがあります。

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アプローチったって廃道です。藪漕ぎは嫌いですが、これくらい背が低ければ行ける。

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ぐはっ。そりゃ通り抜けられないさ。花立隧道の押日側出口。
このまま押日側に出ると次に訪れる隧道へ遠回りになるため、再び狸谷隧道を通り坊谷側へ戻ります。

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緑園台住宅から茂原街道に向かう丘陵沿いの道には、いくつかの謎のアプローチがあります。隧道ではなく丘陵の上を乗り越える廃道でしょうか。

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やがて右手に見えて来た野本隧道へのアプローチ。
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ハイ。廃道ー。抜けた先はエラい事になってます。

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抜けた先の左手の竹藪をガシガシ登って行くと木生坊隧道があるそうですが、行きません。木生坊隧道の坊谷側出口も探して見ましたが、怪しい箇所こそあるもののジャングル状態だったので断念しました。

そんな訳で8箇所の隧道を巡って来ましたが、冬の晴れた日なんかの方が良かったのかもしれません。
今回は途中パラパラと小雨に見舞われるような曇り空で、昼下がりにも関わらず夕方ぐらいの暗さがありましたが、それを差し引いても陰鬱とした雰囲気がありました。この雰囲気だけで何の根拠も無く神霊スポットとされる場所は多く存在しますが、湿気が多く苔むしており、なおかつ切り通しによる圧迫感は恐怖心を煽ります。自分がただのビビリィなだけかも知れませんが、房総半島の雰囲気って他の地域と違った独特な雰囲気があるのは確かです。

千葉県茂原市(2)、ゴーストタウン国府関団地

茂原は先月、掩体壕巡りに来て以来2回目となります。

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今回は茂原の隧道を撮りに来たのですが、路線バスで降り立った原田団地バス停の目の前に市営住宅の廃墟が広がっていたので、まずはそちらから紹介させていただきます。

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そこは、ほぼゴーストタウンでした。実際には住んでいる方がおられるようなので、完全なゴーストタウンではありませんが。

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素掘りのトンネル撮りに来たつもりだったのに、バスを降りた瞬間いきなりのカウンターパンチです。正式には茂原市営住宅国府関団地というそうです。

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草の生えるがまま。

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こちらは4軒長屋の棟。すでに雑草に埋もれています。

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私道も雑草が生えまくっています。

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平屋一戸建て40棟、平屋4軒長屋9棟、計76世帯からなる市営住宅ですが、すでに解体されている棟もあるようです。

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公園の跡には遊具も残されています。この市営住宅は1965年に完成し、低所得者を対象に賃貸していましたが、既に廃止が決定しました。

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隣接地にはパチンコ屋の廃墟。こちらは10年ほど前に閉店したとか。

神奈川県川崎市、昭和マーケットとその周辺

一部では超有名物件であり、多くの昭和の街並み系ブログでも取り上げられている昭和マーケットに行って来ました。今更感もありますが。

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最寄りの駅は京急大師線の東門前駅。川崎駅から多摩川沿いを京浜工業地帯まで進む短い支線です。

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大師線の南側を並行して続く大師銀座商店会に昭和マーケットはあります。

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L字型の路地に商店が並ぶ木造アーケード。

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しかし現在ではほぼ壊滅状態です。

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ほんの数年前までは結構店も営業していたようですが、いかんせん訪れるのが遅すぎました。

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出口と言いますか大師銀座商店会から脇道である昭和通り商店街に入った所の入り口。ここの八百屋さんが唯一の生き残りです。

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ここの裏手にL字型のマーケットはあります。

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空き地からマーケットの外観が見えます。トタン貼りの木造建築。

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昭和通り商店街を入って行きます。昭和マーケットの裏手の路地。数年前まで営業していた様子が、多くのブログで見受けられます。

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噂のアカカンバン。立石の呑んべえ横丁に現存するのが有名。

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裏手の飲み屋横丁。かつてのと言った方が正確かも知れませんが、庇の荒廃ぶりが廃墟感を醸しています。

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見た感じ営業している店は無さそうですね。

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こちらの八百屋さんも廃業している様子。

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私が以前よく見ていた香ばしい町並みブログ様の記事に、この界隈がまだ賑わっていた頃の様子が見られます。と言っても9年前の2011年ですが。つくづく、もっと早く来ていればと後悔します。

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こちらも何かの店舗の跡。近隣にはマイバスケットやマルエツなどがあり、地域の食卓を支えています。

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飲食店の跡と思われます。奥の美容室はまだ頑張って営業中。

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産業道路の向こう側、つまり海側は町工場やジャンク屋。その道路と高速の間をくぐる歩道橋にはゴミが。川崎を象徴する光景にも思えます。

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住宅街の中にある倉形屋酒店。ここは角打ちで酒が飲めます。しかも冬場はコタツで飲めるという、非常にそそる物件。ただ営業開始が18時との事で今日は断念。

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最後に南西側、国道近くにある銭湯、日の出おふろセンターで汗を流しました。ここは加温循環濾過の鉱泉に入れる銭湯です。

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薄茶色のお湯は爪先が辛うじて見えるくらいの透明度。キシキシとした肌触りですが微かなヌメリ感もあり、纏わり付くような重さを感じるほどの濃いお湯です。塩化物泉の浴槽は露天で、源泉が出そうな蛇口があるも元栓が閉められているようで鉱泉は出ず。にも関わらずこの匂いと浴感は素晴らしいです。湯上りはホカホカが止まりませんでした。

神奈川県横須賀市、横須賀軍港巡り

横須賀市街からちょっと北へ。米軍基地を右手に見ながら少し進むと入り江が見えてきます。COASKAベイサイドストアーズと言う巨大ショッピングモールの左脇にあるのが遊覧船発着場の汐入埠頭。京急汐入駅も近いです。

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今まで戦争遺跡巡りなどもして来ましたが、その際ちょくちょく立入禁止に阻まれて来ました。この横須賀軍港巡りの遊覧船は、そんな海上自衛隊基地や在日米軍基地を海から眺めてやろうってやつです。

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まず右手に見えて来るのが米軍基地に停泊中の海上自衛隊の潜水艦。昔、クリスマスの時期に訪れたらイルミネーションされた潜水艦を対岸のヴェルニー公園から見ることが出来ました。潜水艦が目立ってどうする!なんて思いました。

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こちらは米海軍のイージスシステムを搭載したミサイル駆逐艦、ジョン・S・マケイン。奥にもう二隻イージス艦が停泊しており、さらに沖合いにも危険物積み込み中のが一隻停泊していました。

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奥のデッキで塗装とかでしょうか、足場組んで作業しているのもイージスシステムを搭載したミサイル駆逐艦ミリアス。今回はイージス艦だらけでしたが、時期によっては空母が停泊している事もあります。

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そんな世界最大の艦隊、アメリカ第七艦隊の母港である横須賀基地を眺めていると、あれは、旧日本軍の地下壕施設では⁉︎ ちなみに桜の花見の時期のスプリングフェスタと8月のフレンドリーシップデーの年二回、基地内の一部が一般に開放されます。もちろん今年はコロナの影響で中止でしたが。

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さて、遊覧船の左手は海上自衛隊の敷地となります。吉倉桟橋に停泊していたのはイージス艦まや(右)と護衛艦むらさめ(左)。米海軍と海上自衛隊合わせてこれほど多くのイージス艦が集まる港は、世界的に見ても稀だそうです。なにぶん第七艦隊は地球の海の半分近くを活動範囲としている訳ですから、無理もないです。

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駆逐艦やまぎり(右)と駆逐艦あまぎり(左)。どちらもあさぎり型護衛艦で、他にもあさぎり、ゆうぎり、はまぎり、せとぎり、さわぎり、うみぎりなどの霧シリーズがあります。

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遊覧船は吾妻島を北へ、反時計回りに周回します。こちらは掃海母艦うらが。2001年、掃海艇派遣問題で物議を醸し、アラビア海へ派遣された船です。船尾がガバっと開くのが特徴。

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こちらは護衛艦おおよど。

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そのおおよどの向こう側には自衛艦司令部などがありますが、なかなか古そうな建物も見えます。

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左手前方を見れば以前訪れた田浦の旧海軍の倉庫群が見えます。

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さらになんと、引き込み線の廃線跡の車止めも!ここはベイスターズの練習場の裏手に当たりますが、完全に自衛隊敷地内になるので入れないところです。他の乗客たちが自衛隊の艦船を一生懸命撮影する中、自分だけあらぬ方向にカメラを向けて興奮していました。

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こちらは海上自衛隊の潜水艦が二隻。潜水艦は艦船の通し番号が表記されて無いので、説明を聞き逃したら艦船名が分かりません。

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こちらは潜水艦救難母艦ちよだ。行方不明となった潜水艦を捜索し、搭載された深海潜水艇で乗組員を救助するとか。

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やがて遊覧船は田浦から新井掘割水路を抜けて汐入のある横須賀本港へと戻ります。吾妻島は元々半島だったところを、運河のように水路で分断してしまったため、島になりました。

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この新井掘割水路の吾妻島側に、いくつもの地下壕施設入り口と思われる遺構が確認できます。

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この新井掘割水路は幕末の1854年、水運を便利にするため地元の名主が水路を造ったのが始まりでした。その後明治19年、横須賀の海軍鎮守府が水路を拡張、海底27mまで掘削されました。

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以来この辺りは海軍の燃料庫地帯になっていたそうです。

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ちなみにこの吾妻島は現在、米海軍の倉庫として利用されています。

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遊覧船は汐入埠頭へと戻って行きます。ヴェルニー公園の下に垣間見える、旧埠頭の階段。45分ほどのクルーズでしたが楽しかったです。今度はいずもが入港する時期にまた行きたいです。

神奈川県横須賀市、猿島要塞のレンガ建築と砲台跡

今更なのですが、メジャーな観光地でもある猿島要塞に行って来ました。多くのブログ等でも紹介され尽くされてますが、一度行ってみたかったんです。

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島を離れる時の写真であると航跡で思い切りバレてしまいますが、猿島は横須賀の三笠公園から一時間毎に出航する船に乗り10分ほどで到着してしまいます。

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着くなり島内の至るところが歴史的価値のあるものだらけです。10:30の便で20名ほど、平日の午前中にもかかわらずの盛況ぶり。浜辺でのBBQ目的の団体もいましたが。

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最初に出迎えてくれるのがこの発電所。明治28年建造で当時は蒸気機関による自家発電だたとか。現在も自家発電として機能しています。

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切り通しを登って行くと右手に兵舎が。猿島は幕末、外国船から江戸を守るための台場として開発されました。砲台は太平洋戦争終結まで存在しましたが、レンガ造りの建造物は明治中期のもの。

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切り通しはウッドデッキが敷かれとても歩きやすくなっています。右手前にあるのは弾薬庫。

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こちらは随分と蔦に覆われていますが兵舎です。雰囲気はめっちゃあります。

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ここのレンガ造りはフランス積みと言い、明治20年頃からはイギリス積みが主流になったため非常に貴重なものだそうです。ちなみにここはトイレの跡。

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しばらく歩くとトンネルが現れます。ここの切り通しの石垣はいつの時代のものだろうか。苔がいい味出してます。

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赤レンガが美しいトンネル。このトンネルの途中から横に入れば、立入禁止ですが地下壕の司令所などもあるそうです。

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こりゃ歴史的価値以上にフォトジェニックっていうヤツですね。インスタなんかで広まって観光客が多く訪れるようになったっていう。奥に見えるのは弾薬庫跡で、その向こう側に抜けられるようになっています。

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トンネルを抜けると道は右に折れます。奥にトンネルがありますが、現在法面工事に伴い通行止め。先程の弾薬庫から砲台側に抜けて行きます。

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弾薬庫を抜けた反対側出口はこんな感じ。ラピュタの世界なんて言われたりもしているようですが、どうもその言い方、個人的には気に食わなかったりします。

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海沿いに抜ければいくつか砲台跡があります。

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東京湾防衛と言えば観音崎砲台や海上の第一〜第三海堡、富津岬や館山の大房崎、洲崎などがありますが、結局どこの砲台も火を噴く事はありませんでした。もし終戦が遅れて本土上陸作戦が実行されたとしても、駿河湾と鹿島灘から上陸する計画でした。

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こちらも砲台跡。太平洋戦争時の高角砲が設置されていました。元々東京湾に侵入してくる軍艦を迎え撃つために建設された猿島要塞でしたが、時代は飛行機、しかも高射砲も届かない高度一万メートルをB29が飛来して来た訳です。

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こちらも砲台跡です。猿島については資料も少なく、実際幕末から明治、大正、昭和と、どの局面でどこに砲台があり、どのように変革して来たのかはっきり分からない部分もあるとか。もちろん現在残っているコンクリート造の遺構はほとんどが昭和に入ってからの物と思われますが。

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こちらは廃墟的にもカッコいいのですが、展望台と言われています。確かにトーチカにしてはコンクリートが薄いですが、下部の窓なども含めどうしてもただの展望台とは思えません。見張り台と言われれば、しっくり来ますね。

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そんな訳で、一時間の滞在で戻って来ました。帰りの船は11:45発でしたが、来た船は往路の倍ぐらいの乗船率で、早めに来て良かった。猿島へ渡る船は記念艦三笠の艦尾から出ています。三笠の内部も非常に見応えがあるのですが、昔見たので今回はスルーします。

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昼食は昔何度か訪れたhoney bee。米軍基地の正面にあるピザとタコスとハンバーガーの店ですが、近年メディアに露出して行列が出来るようになってしまいました。

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この日もほぼ満席でギリギリ座れた感じ。チーズバーガー美味いし良い店です。
さて、午後は横須賀軍港巡りの遊覧船に乗ります。

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